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因縁の対決は予想外の雰囲気に包まれて。 

text by

熊崎敬

熊崎敬Takashi Kumazaki

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photograph byShinji Akagi

posted2008/06/13 00:00

因縁の対決は予想外の雰囲気に包まれて。<Number Web> photograph by Shinji Akagi

 いろんな国の勝った負けたの騒ぎをミュンヘンで眺めていたが、さすがにこの試合だけは現場に行ってみることにした。6月11日、バーゼルでのスイス対トルコである。

 開幕直前のコラムで、僕は次のように書き綴った。

 『グループリーグにおける開催国スイスとの一戦は、2年前のドイツ大会の予選プレイオフで乱闘が発生した因縁の対決であり、盛大な「場外乱闘」が見られそうだ』

 自信満々に書いてはみたが、はて、本当に「盛大な場外乱闘」は起こるのだろうか──。少々気になったので、チケットもないのに6時間も電車に揺られてバーゼルに向かったのである。

 昼前にたどり着いたバーゼルの駅舎は、果たして燃え盛る炎に包まれていませんでした。駅前のブティックや銀行のガラス窓は叩き割られていませんでした。サポーター同士が正面衝突して、流血沙汰が勃発しませんでした。要するに、なーんも起こらなんだ。スイスの赤、トルコの赤は交錯しても火花すら散らないのである。

 筆者を失望させる和気藹々とした空気が漂っていたのは、ひとつにはトルコファンの大半がヨーロッパに住み暮らす移民だったからである。

 本国トルコのサッカーファンといえば、思うがままに他人を殴り、モノを投げつけ、勢い余って2階席から落下するような情熱的な方々が少なくないが、こうした本格派は経済的な事情でスイスまでやって来るのは難しいとか。したがって、スタジアムを埋めたトルコファンの多くは、ドイツやスイス、オランダなどに住む移民たちであった。

 根っこはひとつでも、移民には前述した本格派のような破天荒さはない。

 「今日の目標は?」と尋ねると、「いや、引き分けでもいいですよ」などと軟弱なことを言うスイス在住のファンもいて、怒鳴りつけたくなった。だが、無理もない。本国にいるかのような破天荒な振る舞いをしていたら、新天地に順応できるはずがないではないか。かくして、世界中に散らばったトルコ移民たちは次第に薄味になっていき、今日、バーゼル駅前の平和なムードを作り上げるに至ったのである。

 こんなに退屈なら来るんじゃなかった……。正直、そう思いもしたが、ミュンヘンに帰ってきたいまは、行って正解だったと断言できる。というのも、ロスタイムのアルダのゴールでスイスに逆転勝ち。見事、スイスに借りを返したからだ。いやあ、あんないいもんを見られる(街中のトルコ人カフェで、ですが)とは思わなんだ。これだから、トルコから目が離せないのである。

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