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次世代を担う者。ボージャン・クルキッチ
text by
横井伸幸Nobuyuki Yokoi
photograph byMutsu Kawamori
posted2008/06/12 18:07
一国を代表するチームには、強さもさることながら、夢を感じたい。
そういった観点からいうと、今回のスペイン代表のメンバー構成には十分及第点を与えられるが、欲をいえばあとひとり、ボージャン・クルキッチの名前が欲しかった。
ボージャンは今季バルセロナでデビューしたFW。1990年8月28日生まれの17歳ながら、リーガ・エスパニョーラでは8割の試合に出場し、毎回のようにチーム内最高レベルの評価を与えられた。チャンピオンズリーグでも12試合中9試合で起用され、アウェーのシャルケ戦では決勝ゴールを決めて、大会史上2番目に若い得点者となった。
ボージャンの特長は、速さと高いボールコントロール能力だ。さらにシンプルで無駄のないプレースタイル。頭も良く、自分より大きな相手と対峙しても、与えられたスペースや敵・味方の位置を巧く活かして、自分に有利な状況を作り出してしまう。
いまどきの選手はそれぐらい当たり前かもしれない。しかし彼の場合、幼い頃から年長者に混じることで鍛えられた度胸と、優れた予測に基づくポジショニングの巧さがあるため、得点がずば抜けて多い。9歳でバルサのカンテラに入ってから、昨年夏トップチームに引き上げられるまでに決めたゴール数は少なくとも500以上。記録がはっきりしているところでは、2年前に15歳のカテゴリー13試合で26得点し、シーズン途中にもかかわらず18歳中心のチームに引っ張られた。
17歳で頭角を現したという共通点があるせいか、ラウール・ゴンサレスと比べられることが多い。しかし、ゴールを決めるセンスは重なるものの、テクニックはボージャンの方が上だろう。ゴール前の狭いところで器用にDFをかわす様を見て、スペインサッカー史上最高のCFのひとり、エミリオ・ブトラゲーニョのようだと言った解説者もいる。
だが、根っからのバルサファンである彼自身は、ヨハン・クライフの「個性といえる細かい点を除いて、現役時代の私と彼は似ていると思う」という言葉が、一番嬉しいのではないだろうか。
そんなボージャンをユーロに連れて行くべきか、スペイン代表のルイス・アラゴネス監督は最後の最後まで検討していたが、結局ほかの選手を選んだ。今年2月の親善試合フランス戦に初招集した際、不安に襲われ体調を崩したボージャンに配慮し、事前に本人の意志を確認したところ、辞退の言葉を聞かされたからだ。
「身体だけでなく精神的にも疲れていると言われた。17歳でなければ、わざわざ話をしたりはしなかったのだが」
U-17代表とU-21代表で活躍してきたボージャンは“スペイン代表”に恩を感じ、また熱い想いを抱いている。それゆえ、フル代表初めての試合は完全なコンディション特にメンタル面で迎えたいのだろう。
「少しずつ進んでいきたい。物事はなるようになる。フル代表はもう少し待ってくれるんじゃないか」
予てよりそう口にするボージャンに、焦る気配は微塵もない。
しかし、観る側としては残念だ。敵陣でボールを廻し続ける展開が多くなりそうな今度のスペインにとって、スペースのないところでいい仕事をするボージャンは有用な選手になったはず。
イタリア代表でW杯を制したDFジャンルカ・ザンブロッタをして、「何年もの間、多くのFWを見てきたけれど一番巧い」と言わしめたボージャンが、いまだ線の細い身体で巨躯のベテランDFをきりきり舞いさせたりしたら、それこそ痛快ではないか。
ボージャンを外すことで、スペインは名場面を作るチャンスをひとつ失った。