MLB Column from WestBACK NUMBER
野茂英雄、37歳の開幕。
text by
菊地慶剛Yoshitaka Kikuchi
photograph byAFLO
posted2006/05/10 00:00
相変わらず各地を転々としながら、メジャーの取材を続けている。この間様々なネタも集まり、この場で何を紹介しようか考えてみたのだが、今回はやはり野茂英雄投手を取り上げたいという気持ちを抑えることができなかった。
すでに承知されていることだが、野茂投手は現在、ホワイトソックス傘下の3Aシャーロット・ナイトに所属しているものの、右ヒジの炎症で故障者リストに入っており開幕以来1試合しか投げていない。今季の野茂投手に関しては、キャンプを含めこの1試合しか取材していないが、まだ数多く存在するだろう野茂投手ファンのために、自分なりに彼の現状について考えてみたいと思う。
開幕から2度にわたり先発を回避し、4月17日に遂に実現した今季初登板だったが、明らかに右ヒジに不安を抱えたままの船出だった。すでに日本でも報じられたとおり、当日の試合に野茂投手は右ヒジにサポーターを巻きながら投げ続けた。試合後彼が語った理由は「今晩(試合はナイターだった)は結構冷えていましたし、もっと冷えると聞いていたので…。(右ヒジを)冷やしたくなかった」だった。これまで野茂投手はかなり汗をかく体質ということもあり、どんな気象条件でも(10度を切るような寒い試合でさえも)半袖で投げるのが常だった。この日も半袖ではあったが、だからこそ逆にサポーターは痛々しかったし、右ヒジが完全ではないのは明らかだった。
実はこの試合を取材するために前々日から現地入りしたのだが、その日ビデオ担当(先発投手が交代で試合中に登板投手の球速やビデオ撮影を行う)としてバッグネット裏にいた野茂投手は普段着姿でもサポーターを離さなかったし、登板後の記者会見でもしっかり右ヒジにサポーターを巻いて現れた。
「明日、明後日でないとわからないです。投げ終わった後(の回復具合)が大切なので。明後日ブルペンで投げられれば大丈夫だと思います」
結局、記者会見で続いた野茂投手の微妙な発言が示すように、右ヒジは期待通りの回復をすることなく、2度目のマウンドに上がることなく故障者リストに入ってしまった。現在は1日も早い復帰を待ち望むばかりだ。
ところでこの記者会見の際、野茂投手は右ヒジのことばかりでなく、全体的に控えめな発言に終始したという印象を個人的に受けていた。今季の目標について聞かれた野茂投手は以下のように答えている。
「特にないです。1試合でも多く、チームが勝てるようなピッチングをしたいです」
「とりあえず長いイニングを投げたいですし、ゲームに勝ちたいです。それだけです」
いつもの野茂投手らしい発言といえばそれまでなのだが、個人的に気になったのが、結局一度たりとも“メジャー”なり“昇格”という言葉を口にしなかったことだ。しかしながら日本のメディア・サイトが確認したところでは、3月4日にキャンプ地入りした野茂投手は、「今季はメジャーで1試合でも多くいい試合をみせたい」とか「メジャーでやるためにマイナーと契約したわけですから。チャンスが来るのを待ってやっていきたい」と、メジャー昇格に向けた発言をしているのだ。
これまで野茂投手の取材を続けて感じるのだが、メディアの質問に対し簡潔に、かつ淡々と答えるものの、常にその時の彼の心情を正直に答えてくれるということだ。つまりは、──多少の深読みになってしまうが──初登板を終えた後の野茂投手は、自分自身の先の見えない“不安”を感じていたのではないかと思えて仕方がないのだ。
1995年にドジャース入りして以来、早12年目のシーズンを迎えた野茂投手。その間キャンプの調整中に右ヒジを痛めたというのは初めての経験のはずだ。過去2シーズンの不振、さらに37歳という年齢など、いろいろな要素が相まって、野茂投手の心中ではいろいろな思いが駆けめぐっていたのではないか。
「木田さんはまだまだこれからです。でも野茂さんはもういいですよ」
昨年末のことだが、知人の招待を受け、木田優夫投手とLA近郊の寿司屋に出かけた時のこと。その店主が何度となく我々に繰り返した。我々が木田投手と野茂投手が同い年だと説明しても、その発言は変わらなかった。
このコラムの読者にも同じ気持ちを抱いている方がいるだろう。だが、自分の考えはまるで正反対だ。果たしてこの世の中に、自分の夢を叶え、やりたいことを職業にしている人間がどれだけいるのだろうか。それも実働年数が短いプロスポーツ界の中で、37歳までプレーを続けられる選手はどれほどいるのか。
「折角球団が契約してくれるといっているのに、自分から辞めるなんて勿体ないじゃないですか」
以前木田投手が話してくれた言葉を、そのまま野茂投手に送りたい。過去の実績なんて気にしなくていい。心おきなく野球人生を最後まで満喫してほしいものだ。