バンクーバー五輪 匠たちの挑戦BACK NUMBER
上村愛子が使う秘密兵器とは?
女王を支えるメイド・イン・ジャパン。
text by
茂木宏子Hiroko Mogi
photograph bySusumu Tokita
posted2010/02/05 10:30
選手の意図を汲み、ルール変更をにらみつつ、0.001秒、0.01ミリの世界で競いあう。選手と共に競技に身を投じた“匠”の姿を、開幕を前に短期集中連載で追いかける。
メイド・イン・ジャパンは、金メダルをつかめるか!
一昨年のワールドカップ総合優勝、昨年の世界選手権優勝で、自他共に認める“モーグルの女王”になった上村愛子。バンクーバー五輪でもメダル候補の筆頭だが、今シーズンはすでに終わったワールドカップ7戦で2位が2度あっただけで優勝はなし。4勝を挙げているライバルのジェニファー・ハイル(カナダ)に後れを取った格好だ。
しかし、1月下旬に一時帰国した上村の気持ちにブレはない。「1番を取っていないからダメかもしれないというネガティブな気持ちはゼロ。自分らしい滑りができれば、絶対にいい勝負ができる」と言い切った。
そんな彼女の自信の礎となっているのが日本製の用具である。欧米の大手メーカーに比べると知名度こそないが、日本人ならではの勤勉さときめ細かさで選手を全面的にバックアップ。 “もう1つの戦い”を繰り広げている。
選手たちの生の声を聞いてスタートした小さなプロジェクト。
「私のほしいスキーじゃない」
長野五輪から1シーズンが過ぎた1999年の夏。大阪・守口市でマテリアルスポーツという社員5人の小さな会社を営む藤本誠が、上村の実家がある長野・白馬村を訪れたときのことだった。食事をしながら「スキーの調子はどう?」と尋ねると、思わず彼女が本音を漏らしたのである。
藤本は、モーグル選手の多くが使用するゴーグル『bolle(ボレー)』の輸入販売を、日本でいち早く手がけたことが縁で上村らモーグル選手をサポートしていたが、五輪に出場するような世界トップクラスの選手が自分のイメージ通りの用具で戦えない現実に驚いた。
ちょうど同じ頃、男子モーグルで実力No.1といわれたヤンネ・ラハテラ(フィンランド、現日本代表チーフコーチ)も、自分のスキーに強い不満を感じていた。『bolle』の契約選手だった彼は、試合で日本に行くたびに親身にサポートしてくれる藤本と個人的に親しくなっていた。そのラハテラが、
「ぼくの技術は年々進化しているのに、スキーはまったく進化していない」
と本音をぶちまけていたのである。2人の苦悩を知った藤本は、気がつくと「だったら、ぼくが作ったるで!」と口走っていた。
新たなスキーブランドの立ち上げは「バカげた空想」。
五輪に出場するような世界トップクラスの選手になると、自分の技術や好みに合った用具をメーカーがオーダーメイドで提供してくれると思われがちだが、それは花形競技に限られた話である。世界的に競技人口の多いアルペン競技なら、頂点で活躍する選手の用具は一般スキーヤーの注目を集めて売上につながるため、メーカーも開発に力を注いでくれるが、競技人口が少なく注目度の低いモーグルは二の次、三の次……。最近は大手メーカーの吸収合併で業界の再編も進んでおり、商売にならないモーグル用スキーをつくることをやめてしまうメーカーも多い。バブル経済の崩壊とともに一大ブームが去った日本市場の冷え込みは一層深刻で、新たなスキーブランドを立ち上げるという構想は、誰もが「バカげた空想」と一笑に付すような話だった。