Sports Graphic Number MoreBACK NUMBER

江夏豊の目「先制」と「守り」の大切さ。 

text by

Number編集部

Number編集部Sports Graphic Number

PROFILE

posted2004/11/04 00:43

 投手戦、乱打戦、判定をめぐる中断や台風による順延。今年のシリーズは、実にさまざまなシーンを僕らに見せてくれたな。7試合ともに素晴らしい内容だった。昨年の阪神×ダイエーが“内弁慶シリーズ”だったのに対して、今年は互いが敵地で連勝し、6戦終わった段階では、野球の神様がどちらに微笑んでもおかしくなかった。でも振り返れば、第2戦以外は先制点をとったチームが勝利を収めている。「先制」し「守り」を固めるという正攻法の大切さが改めて浮き彫りになったシリーズになったね。

 まず第1戦。中日はエースの川上憲伸を先発させたが、西武はプレーオフで胴上げ投手となった石井貴を抜擢。和田一浩の芸術的な先制ホームランと、英智のまさかの落球で先勝を果たした。確かに中日の選手はシリーズ初戦で硬かったし、西武の選手にはプレーオフを勝ち抜いてきた勢いと自信が感じられた。

 でもこの試合は石井の好投に尽きる。49分間の中断も、集中力を切らさず乗り切っての7回無四球無失点は見事。短期決戦では、まず「守りを固める」ことが大事だけど、その意味でも西武らしい、投手中心の守りの勝利だった。ダイエーとのプレーオフ最終戦で際立ったのも2度の補殺シーン。西武野球は健在、と思わせるに十分な初戦だった。

 だが一歩引いてみれば、川上の第1戦先発は正攻法だけど、シーズンわずか1勝の石井先発は明らかな奇襲。中4日でのエース・松坂大輔の登板も考えられたわけで、それを選ばなかったことは、松坂への信頼が十分でなかったことを意味するのではないか……。それが形になってしまったのが第2戦だった。

 立ち上がり、松坂は150㎞台の速球を外角に決め、好調な滑り出しを見せた。彼らしい、相手を呑んでかかるピッチングだった。しかし3回裏、安打や死球などで1死満塁から立浪和義がセカンドゴロ。4-6-3の併殺で無失点か、と思われたが、ショート中島裕之がファンブルして1点が入ってしまう(記録ではエラーなし)。

 実は、このプレーが西武野球のリズムを第5戦まで狂わせた、いや、より正確にいえば「リズムを狂わせる土台」となってしまった。そういった失点を防いできたのが西武野球だったはずなのに、防げなかった。

 このプレーのあと、松坂は中島の方をじっと見ていた。その視線に悔しさ以上の心理的動揺を感じた。僕もピッチャーだから気持ちはよくわかる。特に前夜、チームは完封勝利だったのだから、これが中日に与えた最初の失点だったことも悔しさの一因だろう。それに、自分が打たれたなら切り換えができたけど、バックのミスによる失点だからフラストレーションの逃げ場がなかった。やはりこの気持ちの揺れが、最後まで球筋が安定せずに打ち込まれた原因だったんじゃないかな。

 一方、エースを打ち込んで1勝1敗のタイに持ち込んだとはいえ、中日の山本昌も5回ともたずに降板している。本来の外-内-外、最後は外角へのシンカーやスクリューで勝負するスタイルから遠く離れたストレート主体のリードで、そのストレートを痛打されていた。山本昌の調子がよすぎたのか、捕手の谷繁元信はシーズン中の外主体のリードを忘れて冒険してしまったのだろう。

 続いて第3戦は、5本の本塁打のうち2本が満塁弾という、シリーズ史上稀に見る乱打戦となった。長田秀一郎の制球ミスによる谷繁の満塁弾、カブレラのお返し満塁弾の伏線となった直前の空振りなど細かなポイントはあったけど、こういった大味な試合がシリーズの流れを左右することは少ない。台風による順延を経ての第4戦では、谷繁が今までの教訓を生かして外角主体、変化球主体のリードに切り換え、それに先発の山井大介がまさかの力投で応え2勝2敗のタイに持ち込んだ。重圧のかかる中、リズムよくスライダーを外角に投げ込む山井のピッチングは見事だった。

 最終戦ではカブレラに痛い一発を浴びたが、それも必ず今後の財産になるだろう。若手といえば西武では中島のプレーがシリーズ中盤良くも悪くも勝敗の鍵を握ることが多かったが、彼にしても今年が実質1年目の選手。メジャーへ移籍した松井稼頭央の穴を埋め、シーズン中は実によくやっていた。シリーズでもエラーはしたものの思い切りのよい打撃でホームランも2本。いいことも悪いことも、シリーズでの経験のすべてがこれからの中島の糧となる。僕が広島時代、高橋慶彦という選手が出てきたばかりの時もエラーばかりして、阪神とのリーグ優勝決定戦のときに1イニング3エラーをして泣いたことがあった。でも、そんな高橋も経験を積んで、誰もが知っている名ショートになっているのだから。

 さて第5戦、谷繁のリードはさらに徹底されていた。惜敗した初戦も含め、川上は先発した2試合ともに力投したが、特に第5戦は素晴らしかった。最多勝、沢村賞の名に恥じない堂々たるピッチングだった。

 一方、西武の捕手のリードはどうだったのだろうか。投手陣には松坂を筆頭に張誌家や小野寺力、大沼幸二など、威力のある速球派が多いが、その速球を活かすためのリード、となるとこれが難しい。速いストレートを活かすには、極端にいえば1人のバッターに速球は1球のみ、それも内角にいつ投げさせるかが問題になってくる。いくら球威があっても、何球も同じテンポで投げれば打たれてしまう。さらにピッチャーがいかに首を振っても「ここで速い球だ」と譲らない強い気持ちもキャッチャーには必要なんだ。僕の場合は、球種は速球とカーブのみ、しかもピッチングの基本は外角低めのストレート。勝負球も困ったときも、様子見のときもアウトロー。いろいろなキャッチャーが受けてくれたけど、内角への速球を一番うまくリードしてくれたのは阪神時代のダンプさん(辻恭彦)だった。今の西武では、野田浩輔よりも細川亨の方が安定感があり、内角も効果的に使えていた。伊東勤監督のあとを継ぐ正捕手はやはり彼なんだな、と感じさせるリードぶりだった。

 とはいえベテラン投手の場合は、自分で配球を決めて投げることがある。その点で、第5戦の西口文也の4回の投球はお粗末だった。連続四球で一、二塁。打者谷繁は明らかにバント狙い。ここで普通は何としてもバントを防ぐために内角の速球を投げるけど、西口は捕手のサインに2度も首を振った末に外角スライダーを投げ、簡単に送りバントを許した。それが井上一樹のタイムリーへとつながっていく。ベテランとしてあまりにも不用意な球だった。さらにもう一つ、3回に荒木雅博のレフトオーバーの打球を和田が緩慢な動きで三塁打にしてしまったこと、続く井端弘和のショートゴロを中島が不用意な本塁送球で点を許してしまったことも含めて、この試合も「守り」の小さな綻びが勝敗を分けた。

 しかし第6戦は松坂が粘り強くエースの責任を果たした。細川の変化球主体の細心のリードも光ったが、2点のリードをもらって迎えた8回裏、2人のランナーを背負って打者谷繁。あそこでの気合はさすがだった。

 そして第7戦。思った以上に点差がついてしまったが、この一発勝負を決めたのも、やはり、「守り」の綻びだった。3回、先発ドミンゴのボークをきっかけに、井端の送球が走者に当たるなどして3点が入り、カブレラの一発で勝負あり。石井の2試合続けての好投も素晴らしかったが、8回の松坂には正直身体が震えたね。昨日134球も投げた松坂が、西武のエース、いやパ・リーグ、日本のエースとしての誇りを胸にマウンドに上がった。起用した伊東監督も素晴らしかった。

 今年は球界がいろいろと揺れ動いた。シリーズ中にも複数の球団オーナーが辞任する不祥事が報道されたりと、その動きがやむことはなかったね。最高の舞台に水を差すようなタイミングでの発覚は、球界の一OBとしてとても寂しく思う。だが、そんな年だからこそ、日本シリーズは純粋に野球の面白さを伝えるものであってほしかった。その期待には十分に応えてくれたんじゃないかな。

#埼玉西武ライオンズ
#中日ドラゴンズ

プロ野球の前後の記事

ページトップ