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長嶋ジャパンが持ち帰ったもの。
text by
石田雄太Yuta Ishida
posted2004/09/22 00:40
スコアブックには4色ボールペンを使っている。基本は黒、ヒットやフォアボールは赤、三振やエラーは青、そして特筆すべきプレーを緑で書き込むことにしている。
アテネで観た、日本代表の9試合。
スコアブックには緑の文字が溢れていた。
HS、ヘッドスライディング。DC、ダイビングキャッチ。NP、ナイスプレー。
思わず、そう注釈をつけたくなるプレーがいくつもあった。そして、そんな選手たちのプレーをテレビで観ていたのだろう。日本に戻ってから、こんな声をずいぶん耳にした。
「いやぁ、驚いた。プロの選手があんなに本気になったのを初めて見たよ」
確かに、そう感じるのも無理はない。
宮本慎也が、一塁に猛然とヘッドスライディングを見せる。福留孝介や小笠原道大が派手なダイビングキャッチをする。城島健司がなりふり構わずバントを試みれば、高橋由伸が珍しく拳を握り、雄叫びをあげた。
そういう目に見えて派手なプレーは、短期決戦の一発勝負ではやたらと目立つ。ただ、それだけを“本気”と表現されることには違和感を覚えた。プロの本気とは、そんなわかりやすいものではないはずだからだ。
たとえば宮本の真骨頂は、ヘッドスライディングよりも、神宮ならワンバウンドで投げる位置からあえてダイレクトで送球をしていたところにあった。どちらに跳ねるかわからないグラウンドでは、届く範囲はすべてノーバウンドで投げるべきだという、宮本なりの判断。これが、プロの本気だ。
予選リーグの台湾戦は、午前10時30分開始のデーゲームだった。陽射しの厳しい悪条件での戦いに、日本代表は苦戦を強いられた。0-3のまま、終盤に入った7回表。台湾はツーアウト一、二塁と上原浩治を攻め立てた。そして2番、ベテランの黄忠義がライト前に痛烈なライナーを放つ。打った瞬間、これはヒットだ、この1点は重すぎる、そう覚悟したその瞬間― ――ライトの福留が、飛び込んでこの打球をダイレクトで掴んだのである。高橋の同点2ランが飛び出したのは、その裏のことだった。福留のダイビングキャッチは、上原を、日本代表を救った。
しかし福留にとっての本気は、ダイビングそのものではなく、そこに至るまでのプロセスだった。福留はこう言った。
「守っているときには、あらゆる打球をイメージしています。どこまでの範囲だったらダイレクトで捕る、どの位置なら飛び込んで捕る、どのエリアならワンバウンドでもホームで刺せる。あの打球は、ダイビングしたら捕れると予測したエリアに飛んできたんです。グラウンドは芝生だし、飛び込んでも真っ直ぐ滑れますからケガをするリスクも低い。それなら飛び込むのが最善だと判断した上でのプレーでした。予測していることに対しては慌てることもありませんし、判断基準を決めておけばプレーに迷いが出ませんからね」
最善の選択。
準決勝のオーストラリア戦で、最終回の先頭バッターとしてセーフティバントを試みた城島も、「きっちり転がしたらセーフになる自信はあったし、あの場面の意味を考えたら最善の選択だった」と、奇しくも同じ言葉を口にした。城島は相手チームの打撃練習を必ずベンチから見ていたり、日本戦以外の試合にも足を運んだり、キャッチャーとして情報を得ることに必死になっていた。しかし彼の本気は、そんな単純なものではなかった。
「練習や試合を直接見るなんてことは当たり前で、それは目に見える形だったかもしれません。でも僕が大事にしていたのは、情報を得ることよりも、情報を得ながら同時に違うと判断した情報を捨てていくことでした。そこがプロのキャッチャーとして、一敗もできない短期決戦での戦い方だったと思っています。逆に長いシーズンでは、1点差で3タテを喰らうのが一番よくない。ですから最初の試合を落としたとしても、負けた試合の中から何を見つけられるかが大事になってきます。たとえば3連戦でキーとなるバッターを見つけ出して、大事な場面で抑えられるように伏線をはっておく。それが、短期決戦とは違うシーズンでのキャッチャーの技量です」
短期決戦では、情報を捨てる。
そこに城島のプロとしての本気が集約されていた。情報は生き物で、野球の中では同じ場面というのはあり得ない。だとすれば、蓄積された情報は傾向を示すことはあっても、絶対ではないはずだ。負けられない試合の中で、初めて対戦するプレイヤーに対してキャッチャーとして感じたことと一致しない情報をいかに捨てることができるか。その判断こそが、城島にとっては勝負所だった。
プロの本気。
これはイチローから聞いた話なのだが、こんな場面をイメージして欲しい。
どうしても1点が欲しい終盤。ツーアウト満塁で、バッターが三遊間の深い位置へ緩いあたりの内野ゴロを打った。ショートはセカンドへ送球、一塁ランナーを刺しに来る。
そのとき、一塁ランナーはどうすべきか。
必死で走って、猛然とスライディングをすれば、本気に見えるかもしれない。しかしもっとも速いのは滑ることではなく、駆け抜けることだ。まして、この場面はタッチプレーではない。ならば、セカンドベースを踏んで駆け抜けたとしても、送球より早ければセーフになる。もちろん、オーバーランしてしまったあと、タッチされればすぐにアウトになることを覚悟の上で、走り抜けるのである。そうすることで、その間にホームを駆け抜けた三塁ランナーの得点を認めさせる。
猛然とすべり込むのではなく、必死で二塁を駆け抜ける。一見、不細工に見えても、冷静な判断を必要とし、抜群の効果をもたらす最高のプレー。これこそが、プロの見せるべき本気のプレーなのである。