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岡田ジャパン沈滞からの成長。
text by
戸塚啓Kei Totsuka
photograph byNaoya Sanuki
posted2008/06/26 18:17
横浜― 圧勝劇の陰で― vs.Oman 3-0
漠然とした不安を、誰もが抱えているように感じられた。主力抜きのコートジボワールに勝っても、ミックスゾーンでの言葉は控え目だった。パラグアイと引き分けてキリンカップを連覇しても、表情は硬いままだった。
準備段階としては悪くない。悪くはないが、確かな手応えはつかめていない。
チームと自分を肯定しつつも、勢いのあるコメントをするには躊躇してしまう。6月2日のオマーン戦を前にした日本代表は、うっすらとした膜に覆われているようだった。
新横浜の夜で、膜は溶けた。突き破ったというほどの勢いはないが、呪縛から解き放たれたのは確かだっただろう。選手たちの表情が、ここ数日では格段に晴れやかだったのだ。
「負けられない試合だったので、試合前からみんなすごく気合が入っていた。それが立ち上がりのゴールにつながったと思う。試合の入りもそうだし、試合前のミーティングでも、一人ひとりがすごい声を出していたので」
殺到する記者にこう話したのは、72分から投入された香川真司だった。平成生まれの19歳が質問に答えるミックスゾーンのすぐ隣では、岡田武史監督が記者会見に臨んでいる。横浜市内のホテルで、日産スタジアムのロッカールームで、指揮官は何か特別な話をしたのだろうか。
疑問に答えてくれたのは、中村俊輔の3点目をアシストした松井大輔だった。「岡田さんは少しピリピリしていたのでは?」という質問を、彼はやんわりと否定した。
「選手には、いつもどおりでしたけど。試合前にも、いい言葉を投げかけてくれましたし」
どんな話を?― と質問が飛ぶ。「忘れちゃいました」と、松井は笑顔ではぐらかした。
何人かの選手の話をまとめると、「自分はいつも、明日死ぬかもしれないと思って全力で取り組んでいる」というメッセージが伝えられたとのことだった。「死ぬかもしれない」を「死んでもいいつもりで」と記憶する選手もいたが、いずれにしても、それぐらいの情熱や闘志をぶつけてくれと叱咤したのだろう。
「アウェーのオマーンは、また別のチーム。3-0で勝ったという意識でやったら痛い目にあう。また今日みたいにファイトして、最初からハードワークしないといけない。試合が終わってすぐに、そう思い浮かんだ」
最後に記者の前に現れた中村俊輔に、得点後に見せた歓喜はなかった。5日後にはアウェーで、再びオマーンと相まみえる。マスカットで躓けば、3-0の快勝も意味を成さなくなってしまう。快勝の余韻をすぐに振り払っていたのは当然だったろう。
実は2004年10月にも、中村は同じような話をしている。ドイツW杯の1次予選突破を決めた試合直後で、くしくもアウェーでのオマーン戦だった。こう話していた。
「オマーンとはそんなに差がなかったし、相手が若いから勝ったと思う。最終予選はもっと難しくなる。もうちょっとレベルを上げないと、という考えがすぐに頭に浮かんだ」
敵地マスカットに向かう直前に、チームを引き締めるためのメッセージを発信する。アジアのアウェーゲームを知り尽くすレフティーは、指揮官の思いを確かに汲み取っていた。
それでも、小さなしこりのようなものが胸に残った。
合流したばかりの海外組を中心に据えることで、ひとまず結果は出した。しかし、直前の海外組合流が戸惑いや反発につながるのは、ジーコ元監督のチームが教えてくれている。メディアが「オレ流」と伝える岡田監督の方向転換が、同じような危うさを内包していてもおかしくはない。
この試合で生まれた3つのゴールは、チーム全体に歓喜をもたらすものではなかった。サブの選手たちは、どちらかといえば淡々とした感じでゴールを受け止めていたのだ。
マスカット― 確かな手応え― vs.Oman 1-1
マスカット市内から20分ほど車を走らせると、国際試合を開催するには心もとない照明塔が視界に飛び込んでくる。ロイヤルオマーンポリススタジアムは、ハイウェイのすぐそばにひっそりとたたずんでいた。
赤茶色の乾き切った山々がバックスタンド裏にそびえる風景は、ドバイやアブダビのような無機質な近代的さはなく、逆に中東らしさが際立っている。荒涼とした大地に場違いな緑の芝生を持つ今回の舞台は、西が丘サッカー場より大きく、NACK5スタジアムより小さいといった規模だ。
オマーン戦を翌日に控えた6月6日の練習は、冒頭約30分のみの公開だった。前日もほぼ非公開だったため、チーム状態は容易に探れない。選手のコメントが頼りになる。
練習を終えたばかりの岡田監督がインタビューに応じると、ほぼ間を置かずに田中マルクス闘莉王がロッカールームから出てきた。練習後は長髪を肩にかけたままの彼は、取材エリアで最初に記者に囲まれることが多い。
「ケガは、まあ。ここが一番の勝負と思ってる。勝てば楽になる。汗はとまらないし、非常に疲れるコンディションですけど、それは考えないでやりたい」
そう話している間にも、額や頬を汗がつたう。ただ、表情に険しさはない。ここ数日は右太もも痛を引きずってきたが、プレーに支障があるほどではないようだ。
チームの一体感は高まっているのか?― 試合前の取材ではごくありきたりな問いかけも、非公開練習が続く現状では欠かせない。
「こうやって長い期間一緒にいられるのは、代表ではなかなかない。あまり話す時間がないなかで普段はやっているわけで、こういう時間が最終予選にも生きてくる。この期間を自分たちの力につなげていきたいですね」
翌日の試合後も、闘莉王は最初に取材エリアへ出てきた。終了から1時間以上が経過し、スタジアムの周辺はすでに閑散としていた。光源の乏しい駐車場のライトが、記者に囲まれた選手たちをぼんやりと照らしている。
「しんどいところで、みんなが頑張っていた」と闘莉王が話すそばを、「PKですか?― 普段どおり、落ち着いて蹴れました」と、遠藤保仁が記者を引き連れていく。どちらも内面の読み取りにくい表情をしている。楢﨑正剛のPK阻止による1-1のドローという結果には、ふさわしいものだったかもしれない。
もう少しストレートだったのは玉田圭司だ。
「負けなかったのをよしとして、次に向かっていくしかない。後半に限っては、相手の嫌がるプレーもできたし」と気持ちの切り替えを強調するが、質問を受けるたびに口元が微妙に歪む。悔しさがにじんでいた。
それでも、チームの状態は悪くないと言う。詰まりがちだった言葉が、滑らかになった。
「チームのまとまりは、もちろん深まってきている。点を取られても下を向いている人はいなかったし、みんな勝とうという気持ちを持っていた。チームがひとつになっていたと思う。これからどんどんチームは良くなっていくし、周りからもそういうふうに見られるようにならないといけないですね」
足早にバスへ向かう長谷部誠も、玉田に似た感触を抱いていた。自身のパフォーマンスには「まだ、ちょっと……」と不満をのぞかせたが、チームの方向性についてはよどみなく答えた。
「目標は1試合ずつ勝ち点を取ること。それははっきりしているし、みんなわかっている」
試合に出ている選手が「雰囲気はいい」と話すのは、ごく自然なものである。ピッチに立っている充実感や責任感は、チームへのロイヤルティにつながっていくからだ。
彼らの言葉には裏づけが必要だった。サブの選手たちがどんな感情を抱いているのか、という裏づけが。
バンコク― 沸き上がった熱― vs.Thailand 3-0
マスカットからの移動とオフを挟み、チームは10日からトレーニングを再開した。練習場を覆う木々が風になびき、空気も思ったほど湿気をおびていない。灼熱のオマーンを体験してきた選手たちには、快適と言ってもいいぐらいのコンディションだ。
天然芝のグラウンドでは、岡田監督の関西弁が響いていた。「決めんかい!― 練習でも絶対にゴールを決めろ!」と叱声が飛ぶ。大木武コーチが「ボールを呼べ!」と声を張り上げ、小倉勉コーチも「要求しろ!」と続く。
(以下、Number706号へ)