プロレス写真記者の眼BACK NUMBER

「ああ、猪木だ。スゲー、猪木が来た」驚きの初来店…アントニオ猪木が愛した“コーヒーの名店”秘話「カウンターの一番端に座り、小さい声で…」 

text by

原悦生

原悦生Essei Hara

PROFILE

photograph byEssei Hara

posted2024/10/01 11:02

「ああ、猪木だ。スゲー、猪木が来た」驚きの初来店…アントニオ猪木が愛した“コーヒーの名店”秘話「カウンターの一番端に座り、小さい声で…」<Number Web> photograph by Essei Hara

アントニオ猪木は晩年ランブルにやってくるようになり、林不二彦さんが淹れるコーヒーを愛した

「なんか猪木に似ている人だな」と顔を上げずに「いらっしゃいませ」と言った。だが、本物の猪木だった。

「ああ、猪木だ。スゲー、猪木が来た、って」(智美さん)

「誰だって知っているでしょう。アントニオ猪木は総理大臣より有名ですからね。毎週見たなあ、熱くなって。子供の頃、日本プロレスで(ジャイアント馬場と)一緒にやっている頃からテレビで見ていましたよ。でも、うちには歌舞伎の人も来ますから、特別なことはしていません。コーヒーに思い入れがある人ということは認識していました。でも、他の人のテンションがあがっちゃうとまずいなあ。ビンタしてくれとかいうお客さんが出てきたら、どうしようかとは思いました」(林さん)

「最初の時はこの近くでワインバーをやっていた方と来たんです。2008年か2009年ですかね。それからしばらく来なかったんですが、半年くらい経ってからでしょうか。ズッコさん(後に妻となる橋本田鶴子さん)とやってきた。何もしなかったのが、お眼鏡にかなったのかな。人見知りですからね」(智美さん)

 それから、猪木はよくランブルに通ってくるようになったという。

「座って大丈夫なの」猪木のこまやかな気遣い

 猪木は案内されるままにどの席にでも座った。奥のテーブル席の時が多かったが、カウンターの壁際にも座った。多くは3、4人でやって来て、2、3杯飲んだ。ある日、カウンターの奥が空いていたので案内しようとすると、「ここにいつも座っている人がいるけれど、今日は来ないの? 座って大丈夫なの」とこまやかな気遣いも見せていた。

 1杯目はランブレッソ。ランブルとエスプレッソをあわせた造語だ。仕込みを始める時、お湯はしっかり沸騰させるが、その後は火にかけない。豆をつめたりしている間に少しずつ温度が下がる。抽出が始まってから既定の量を取り終わるのに1時間ほどかかる。その頃にはぬるま湯くらいの温度。圧力をかけた低温抽出の濃いコーヒー。それを冷やしたものを猪木は取っ手のない小さなカップで口にした。電気冷蔵庫ではない、氷が入った木の年代物の冷蔵庫で冷やしたものだ。昭和40年代まで、東京の各家庭にはこのタイプの冷蔵庫があり、氷の配達も行われていた。

 2杯目は温かいもの。「ブラジルの樹齢100年以上の木から取った豆に、ちょっと酸味が出るものがあって、猪木さんはそれが好きでした。古木(コボク)って呼んでいるんですが。シングルの70cc、体調を悪くしてからはお湯の量を増やして大き目のカップにしていました」と林さんは説明する。

【次ページ】 猪木がカウンターで語った“亡き妻への思い”

BACK 1 2 3 4 5 NEXT
#アントニオ猪木
#橋本田鶴子
#ジャイアント馬場

プロレスの前後の記事

ページトップ