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「ああ、猪木だ。スゲー、猪木が来た」驚きの初来店…アントニオ猪木が愛した“コーヒーの名店”秘話「カウンターの一番端に座り、小さい声で…」 

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原悦生

原悦生Essei Hara

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posted2024/10/01 11:02

「ああ、猪木だ。スゲー、猪木が来た」驚きの初来店…アントニオ猪木が愛した“コーヒーの名店”秘話「カウンターの一番端に座り、小さい声で…」<Number Web> photograph by Essei Hara

アントニオ猪木は晩年ランブルにやってくるようになり、林不二彦さんが淹れるコーヒーを愛した

驚きの初来店「ああ、猪木だ。スゲー、猪木が来た」

「ちょっとコーヒー飲みに行きませんか」コーヒーが好きな猪木は、そう声をかける。

 イタリアで猪木に誘われて、映画『ローマの休日』でオードリー・ヘップバーンがジェラートを手にしたスペイン階段下の「カフェ・グレコ」に行ったこともある。1980年代、毎週土曜日の21時、イタリアのゴールデンタイムで躍動していた猪木の人気は想像を超えるものだった。当時、ウディネーゼにいたジーコやまだ子供だったアレッサンドロ・デル・ピエーロも猪木を見ていた。

 店主はテレビでしか見たことがなかったヒーローが突然目の前に現れたことで「アントニオ」を歓迎して奥の部屋に案内すると、孫と記念写真をせがんだ。1988年の1月のことだった。

 ランブルの落ち着きのある照明の具合は、そのカフェ・グレコと似ているようにも感じられた。

 林さんは赤いグラインダー機から取り出したばかりの砕けたコーヒー豆にポットから手早くお湯をかけている。通常の作業なのだろうが、湯がきれいにコーヒー豆に吸い込まれて湯気を立てている。ポットの注ぎ口から出るお湯のシェイプは芸術を思わせた。ネルドリップ。布のフィルターを通ったコーヒーが下の小鍋にスーッと落ちていく。

 ランブルのメニューには★印がついたものがある。これは10年以上寝かしたオールドコーヒーと呼ばれるものだ。カビが生えないように、湿度には注意しながら、コーヒー豆が長い間眠る。

 サンプル豆を取り寄せて試しても、それが10年後にどう変わるかは林さんにもわからないようだ。うまいコーヒーになってくれればという思いで床に着かせるが、すべてがうまくいくとは限らない。ただ、10年ではだめだったのに、15年目や20年目に素晴らしいものに変わった例もあるという。

 妻の智美さんは若い頃、ランブルによく客として来ていた。

「以前は、日曜日は店が休みだったのでここに集ったお客さんと週末テニスやスキーに出かけていました。彼の友達も来ていたので多いときは10人以上。昼間は毎日来ていた。(結婚に至ったのは)それでなんとなく、ですかね。彼は知識が豊富でした。なんにせよ、30年も前ですから(笑)」

「なぜでしょうね。覚えていませんね(笑)。そんなの覚えていないでしょう。(智美さんに)元気があったからですかね」

 智美さんは結婚後もまだOLを続けていたが、手伝いでランブルの焙煎室の隣の小部屋でパソコンに向かっていた時、その右側を黒い服で赤いマフラーの大きな影が通り過ぎていった。

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