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武豊55歳はなぜ“衰えない”のか?「馬群からスタンド前の会話を視認」実際にあった超人エピソード…米調教師も驚愕「正確すぎる体内時計」
text by
島田明宏Akihiro Shimada
photograph byNaoya Sanuki
posted2024/09/28 11:07
日本競馬界が誇る天才騎手・武豊。55歳になった現在もトップジョッキーとして衰え知らずの活躍を見せている
超人的な動体視力を示す“驚きのエピソード”
騎手に求められる動体視力は、瞬間の認知能力と言い換えてもいい。それも武はもともと恐ろしくレベルの高いものを持っている。
古い例になるが、一生忘れられないほど強烈だったので紹介したい。1990年代、武がアメリカ、イリノイ州のアーリントン国際競馬場(当時の名称、2021年閉鎖)に遠征したときのことだった。彼が騎乗したレースで、スターティングゲートから1ハロンほど先のスタンド前の埒の内側で私はカメラを構えていた。ゲートが開いて、私がファインダーを覗くと、埒の外側から現地のファンが話しかけてきた。私は簡単に応じて、すぐにカメラで眼前を通過する馬群のなかの武を撮った。レース後、武に「スタンド前で話していた人、関係者ですか」と訊かれて驚いた。馬上から(おそらく横目で)私とその人物とのやり取りを認知していたのだ。
まだ彼が自分で国際免許を取っていなかったころ、私が運転するレンタカーの助手席で、前方の表示や左右の看板などを読み上げてくれたこともしばしばあったのだが、私にしてみると、遠すぎたり、流れが速すぎたりして、「どうしてそれが見えるの!?」というものがいくつもあった。
彼の「視力」は、もともと常人のそれを超越していたのである。
芸術的なラップを刻む正確無比な体内時計
体内時計に関しては、キタサンブラックの鞍上で刻んだ2016年天皇賞・春の、最初の1000mが61秒8、次の1000mが61秒7という芸術的なイーブンペースなどを見れば、正確さがわかるだろう。ジャックドールで逃げ切った2023年の大阪杯では、「59秒前後で入りたい」という狙い通り、1000m通過が58.9秒という完璧なペースを刻んでみせた。
アメリカで調教に騎乗したとき、調教師に、例えば「5ハロンを62秒くらいで」と指示され、そこからコンマ2秒ほどズレていただけで悔しそうな顔をする。その一方で、現地の調教師はあまりの正確さに驚いていた。
昔から日本の調教では1ハロンを15秒のペースで走る「15-15」を重視し、騎手も、調教助手も、体でそれを覚える。それより速いと無酸素運動で、遅いと有酸素運動になる、と考えている関係者も複数いる。どちらの場合も実際には馬は呼吸しているので理論としては正しくないのかもしれないが、経験をもとにした実感としてはそうなのだろう。ハロン棒のないところで競馬や調教を行い、時計を重視しない国も多い。それはそれでいいのだろうが、日本のホースマン全体が、世界的に高水準の体内時計を持っている、というのは間違いない。そのトップ・オブ・トップが武なのである。
<つづく>