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セリエA ダイレクト・レポートBACK NUMBER
「命を懸ける」「お前らには火の玉になってもらう!」モウリーニョ解任→ローマ新監督は元若頭…デロッシ40歳に“笑わない闘将”の風格
text by
弓削高志Takashi Yuge
photograph byTakuya Sugiyama
posted2024/01/23 17:01
EURO2012、当時29歳のデロッシ。ローマとアズーリで闘ったいぶし銀が、指揮官としてセリエAの戦場に戻ってきた
だから、彼は就任会見で4位の座と来シーズンの契約を勝ち取るために「命を懸ける」と宣言した。選手たちとの最初のミーティングでも「ここからの5カ月間、おまえらには火の玉になってもらうぞ」と通告している。
デロッシは長い現役期間に、鋼鉄の規律を誇ったファビオ・カペッロ、さらにフランチェスコ・トッティの「ゼロトップ」を駆使したルチャーノ・スパレッティ(現イタリア代表監督)ら多くの名指導者の薫陶を受けてきた。
19年夏のローマ退団後に移籍し、現役最後のシーズンを送ったボカ・ジュニオルス(アルゼンチン)では、当時の監督グスタボ・アルファロ(現コスタリカ代表監督)にも影響を受けている。彼は指揮官たる自らをファーストネームで呼ばせ、選手のみならず用具係やオフィスワークの職員までもともに闘う仲間としてチームを一つにしていた。
W杯優勝メンバーでも「レレと呼んでくれ!」
レジェンドプレーヤーであるだけでなくW杯優勝経験者という絶大な肩書をもつデロッシは、ASローマのみならずサッカー界の殿上人だ。
だが、彼は後方で偉ぶってふんぞり返るより、仲間たちとともにグラウンドで泥と草を舐めながら、相手にくらいつき勝利をもぎ取る現場の百人隊長であることを選んだ。
「俺のことは“レレ”(本名ダニエレの親称)と呼んでくれ」
勝ちを得るためなら自らのチーム以外の世界のすべてを敵に回してもいい。前任者モウリーニョも名将カペッロもかつてそうだった。
新監督デロッシにとって、ローマとは単なるサッカークラブではない。多感な十代から人生の19年間を捧げてきたジャッロロッソ(黄色と赤)のユニフォームは彼の皮膚であり、肉体や精神の延長線上にあるものだ。デロッシは生き様そのものが“ロマニズモ(ローマ愛、ローマ魂)”だといっていい。
「ミステル、ようこそセリエAへ」
希望はある。20節終了時点で9位だったローマは、サウジアラビアで開催中のイタリア・スーペル杯で今節試合のなかった4位フィオレンティーナとの勝点差を2ポイントにまで縮めた。ここからが踏ん張りどきだ。
白星デビューの後、ほんの少しだけ新監督が表情を緩めた瞬間があった。中継番組の司会者から敬意をこめて「ミステル、ようこそセリエAへ」と言われたときだ。
俺は帰ってきた、監督としてセリエAに。
デロッシ監督は笑わない。すでに闘将としての片鱗がのぞいている。