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藤井聡太“1%→99%大逆転”の一方で「永瀬拓矢の3勝1敗」もありえた…元A級棋士・田丸昇が“八冠獲得”振り返り「4年前の挫折を経て」
text by
田丸昇Noboru Tamaru
photograph byKeiji Ishikawa
posted2023/10/15 11:04
王座戦第4局の感想戦。藤井聡太八冠誕生の戦いを振り返る
日本将棋連盟会長の羽生九段は藤井の偉業について、「継続した努力、卓越したセンス、モチベーション、体力、時の運、全てが合致した前人未到の金字塔」というコメントを述べて祝福した。
藤井が五冠を取得していた頃、ネット上に「八冠ロス」を心配する投稿があった。これまで応援していたファンが八冠達成に満足し、熱が冷めてしまいかねないというのだ。
しかし藤井はまだ21歳で、今後もさらなる活躍が期待されている。2020年のタイトル初獲得以来、タイトル戦で18期連続も制していて、いまだに途上段階といえる。八冠ロスの心配はないと思う。
藤井がタイトル挑戦前に味わった“挫折”とは
そんな藤井でも唯一の挫折経験があった。
2019年11月の王将戦リーグの最終戦で、藤井七段は広瀬章人竜王に勝てば、タイトル戦の挑戦者に初めてなれた。しかし、1手60秒の秒読みが続いていた終盤の土壇場で、広瀬の王手に応手を誤って逆転負けを喫した。さすがの藤井も大きなショックを受けたようだ。
その後、藤井は師匠の杉本八段に「手がよく見えない」と言うほど、不調を感じていた。さらに試練が待ち構えていた。
政府は2020年4月、コロナ禍における感染防止のために「緊急事態宣言」を発令した。日本将棋連盟はそれに基づき、100キロ以上の移動をともなう棋士の対局を延期した。愛知県に在住する藤井は、東京・大阪の将棋会館に行くことができず、自宅で1カ月ほど待機する状況となった。
伸び盛りの若い棋士にとって、対局がないのはつらいことだ。ただ藤井には良い充電期間となった。AIを利用した研究で自分の将棋を見つめ直し、苦手とした序盤の改善に努めた。
藤井は6月に公式戦に復帰すると、1日おきの対局で佐藤天彦九段と永瀬二冠に勝った。そして、第91期棋聖戦五番勝負で初めて挑戦者になり、渡辺明棋聖を3勝1敗で破った。初タイトルの棋聖を獲得した。藤井の18期連続タイトル獲得の端緒は、王将戦で負けた挫折経験と、コロナ禍での自習が立ち直りのきっかけとなった。
「羽生七冠」誕生の時はどうだった?
27年前の1996年2月14日。山口県豊浦町のホテルで行われた第45期王将戦七番勝負第4局で、挑戦者の羽生六冠が谷川浩司王将に4連勝して王将のタイトルを奪取し、前人未到の「七冠制覇」を達成した。
羽生七冠は終局後の記者会見で、このように率直な心境を語っている。