Number ExBACK NUMBER
「何かがおかしい…」ファイターズ番記者が気づいた新スタジアム建設の”予兆” 極秘計画の存在を記者はなぜ知ったのか? 脳裏に浮かんだある人物の顔
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byKiichi Matsumoto
posted2023/04/19 06:00
2023年から日本ハムファイターズの本拠地となった「エスコンフィールドHOKKAIDO」
前沢賢。この春、球団に戻ってきた人物だった。数年前に新スタジアム建設案が浮上したとき、それを提案したのはたしか前沢だったはずだ。その人物が戻ってきた途端、球団社長がアメリカへ渡ったーー偶然にしてはタイミングが合い過ぎていた。
新聞記者にとっての取材対象は球団社長や代表、GMら幹部の他には、吉村が率いるチーム統轄本部の人間になる。監督やコーチングスタッフ、選手の人事に関わっているからだ。逆にビジネスサイドである事業統轄本部についてはほとんど取材する機会はなく、球団広報から発表される情報を短い記事にまとめるのが常だった。そのため前沢に面と向かって取材したことはなかったが、どこか強く印象に残る人物だった。
外国産車に乗り、スイス製の高級時計をした異質な存在
まず前沢は外国産車に乗っていた。スイス製の高級腕時計をしていた。聞けば、他の職員とは異なり、成果報酬型の契約を結んでいるスポーツマーケティングのスペシャリストなのだという。サラリーマン然とした職員が多い中で前沢は明らかに異質だった。
また、札幌ドームでの試合中、高山がバックネット裏の記者席にいると、前沢の姿を見かけることがあった。前沢は空いた客席にひとりで腰掛け、職員証を外して一般客と同化していた。試合そのものよりも観衆の流れや施設の隅々に目を向けているようだった。
何をしているのですか? そう問いかけると、前沢は客の声を聞いているのだと言った。職員証を下げたまま面と向かって質問しても、本音は聞けないだろうから、客と同化して耳を澄ますのだという。少なくとも高山は担当記者になってから、そんな行動をする球団職員を初めて見た。取材対象ではなかったが、どこか球団内でも異色の存在だということは認識していた。
その前沢が帰ってきた……。一体、どんな理由で球団に戻ってきたのか? あらゆることが新スタジアム計画の存在を暗示しているような気がした。ただ、その一方でこの推測にはどこか現実感がなかった。そんなはずはない、という思いが消えなかった。高山の眼前には札幌ドームが鎮座していた。このチームはずっとここで戦ってきた。今日もここでゲームがある。その事実が新スタジアムのイメージを打ち消した。
腕時計を見ると、午後2時に差し掛かろうとしていた。ナイター前のファイターズの練習が始まる時刻だった。この件はいずれまた確かめてみよう……。高山はタバコの火を消すと張り込みを解いて、札幌ドームの関係者入口に向かって歩き出した。
<後編に続く>