Sports Graphic Number MoreBACK NUMBER
武豊にとっての最強牝馬は? ウオッカ、ベガにも乗ったので「難しいなあ…でもやっぱり、エアグルーヴ」〈54歳最年長GI制覇+80勝〉
text by
片山良三Ryozo Katayama
photograph byMiki Fukano
posted2023/04/02 17:38
数々の名牝に騎乗してきた武豊。54歳にしてGI通算80勝を達成した天才騎手の騎乗に、桜花賞以降も目が離せない
「秋華賞は特にそんな感じだったと思います。ラインクラフトにクビ差競り勝ったんですが、スタッフといろいろ話し合って工夫して仕上げからレース運びまで100%うまくいって、エアメサイアも一生懸命走ってくれてちょっとだけ勝てたみたいな競馬でした。でも絶対に大崩れはしませんでしたし、お母さんとなってからもエアスピネルなど、優秀な子を産んでいるんです」
「天才の戦略」と称えられたシャダイカグラの出遅れ
――武豊と牝馬というと、まず思い浮かぶのはベガ('90年生まれ、父トニービン、母アンティックヴァリュー、栗東・松田博資厩舎)です。1月デビューで、当時の4歳新馬戦から4連勝で二冠馬に。オークス制覇はベガが初めてでした。
「ああ、名牝ですね。顔も美人でした。実家の犬にそのまま名前をつけたぐらい、一家で応援していた馬です。あのオークスは、すべてが思い描いていた通りに運んだレースでした。有馬記念や宝塚記念にも出たし、3着に負けたエリザベス女王杯のときの“ベガはベガでもホクトベガ!”の実況も印象に強く残っています。初子のアドマイヤベガでダービーを勝たせてもらったし、思い出をたくさん残してくれた名牝でした」
――初のクラシックは、シャダイカグラ('86年生まれ、父リアルシャダイ、母ミリーバード、栗東・伊藤雄二厩舎)で制した桜花賞でした。
「ちっちゃかったけど、スピードがあって精神的に驚くほどタフな馬でしたね。桜花賞は結果的にすごい勝ち方になって、ボクとしても思い出深い1頭です」
――武邦彦調教師が「極端に不利な大外枠を引いたときに、わざと出遅れて内に回る戦略は昔からあるんだよ」とマスコミに解説してくださったこともあって、あの出遅れを「天才の戦略」と称える声もありましたね。
「わざとじゃなかったけどね(笑)。周りが好意的にそう言ってくれるから黙っていたんです。それもこれも、シャダイカグラが強かったからでした」
牝馬が成長するって、こういう馬のことを言うんだなと
――エアグルーヴ('93年生まれ、父トニービン、母ダイナカール、栗東・伊藤雄二厩舎)の強さは格別だったのでは?
「立ち姿がきれいな馬で、伊藤雄二先生はデビュー前から絶賛されていました。騎乗したボクが感じたのはものすごい成長力。もちろん最初から強かったけど、秋華賞で骨折してしまい、それを乗り越えて古馬になって戻ってきたときにさらに強くなっていたことに驚きました。牝馬が成長してくるって、こういう馬のことを言うんだなと実感したものです。
秋の天皇賞を勝ったときなんか、屈強な男馬に囲まれる形になって、出走した牝馬はエアグルーヴ1頭だけ。こんな状況のときにまったく力が出せないことがよくあるんですが、あのレースが一番強かったですからね。本当にすごいと思いました。繁殖牝馬としてもボクが乗ってエリザベス女王杯を連覇したアドマイヤグルーヴ(父サンデーサイレンス、栗東・橋田満厩舎)をはじめ非常に優秀ですし、先日のローズSを勝ったアンドヴァラナウトはエアグルーヴの孫ですからね。
さっきちょっと話に出たファインモーションもそうですが、伊藤先生のところの馬は強くてカッコいい馬が多かったんです。そういえば、エアグルーヴとファインモーションはどちらも田中一征厩務員の担当でした。いまも現役の腕利きで、気持ちが繊細な牝馬にはこの人と、伊藤先生も信頼していたようです。2頭の強さとも関係のある話だと思います」
――シーキングザパール('94年生まれ、父シーキングザゴールド、母ページプルーフ、栗東・森秀行厩舎)は、日本調教馬初の海外GI勝ちでした。