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「日本とキューバが参加しない大会なんて…」日本はもともとWBCに乗り気ではなかった? 通訳が語る「真の野球世界一決定戦になるまで」 

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小島克典

小島克典Katsunori Kojima

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photograph byUPI/AFLO

posted2023/03/30 17:42

「日本とキューバが参加しない大会なんて…」日本はもともとWBCに乗り気ではなかった? 通訳が語る「真の野球世界一決定戦になるまで」<Number Web> photograph by UPI/AFLO

日本の3度目の優勝で幕を閉じた2023年のWBC。4大会連続で通訳を務めた小島克典氏は、舞台裏からWBCの成熟を見つめてきた

 その後は2009年の第2回大会から今大会まで、通訳としてWBCに携わることになります。シゲさんのパシリだった僕は、WBCという大舞台での通訳業務を通して、大会そのものが成熟していく過程を舞台裏から見つめてきました。

各国の代表チームが表現した“野球ができる喜び”

 今回、6年ぶりのWBCで強く感じたのは「どの国、どの選手も、野球に飢えていた」ということです。東京ラウンドで対戦した中国やオーストラリアは、パンデミックの影響で国内リーグの中断を強いられました。プレー機会が激減した苦境を乗り越え、彼らが東京ドームで表現していたのは、“晴れ舞台で野球ができる喜び”そのものでした。

 多くのファンの心を打ったチェコ代表の真摯なプレーは、通訳である僕の心にも鮮やかな印象を残しました。代表選手の大半が暮らす首都プラハは、戦時下にあるウクライナ・キーウからもそう遠くはなく、避難民も数多く受け入れています。70ユーロ(約1万円)あれば電車で移動できた場所で、戦争が行われている。そんな日常を生きる彼らが、どんな想いを抱きながら大観衆の東京ドームで野球をしたのか――。チェコ代表のパベル・ハジム監督は、ウィリー・エスカラへの死球のお詫びにお菓子を差し入れた佐々木朗希の心遣いに触れて「いま、戦争の悲劇があるが、こんなに素晴らしい世界もあると伝えたい」と語っていました。我々には計り知れない感情の動きがあったことは、想像に難くありません。

 第5回を迎えたWBCは、大会運営フォーマットを変えながら成長してきました。これまでは日本人にはなじみの薄い「ダブル・エリミネーション(敗者復活戦)」方式を採用してきましたが、今大会から準々決勝以降は「負けたら終わり」のトーナメント方式に変更されました。観る側にもプレーする側にも一層の緊張感をもたらしたルール変更は、過去にも増して白熱したゲームが増えた要因のひとつと言えるでしょう。

 通訳の立場からも、大きな変化がありました。過去の大会では「試合後の監督・選手の記者会見」がマストで行われてきましたが、今大会では「試合前の会見」も必須となりました。会見数が増えれば通訳の負担は増しますが、そのぶん、監督や選手のコメントが多様なメディアから発信される機会も増えていきます。彼らの言葉が世界中に拡散されることで、日に日に高まっていくWBCへの注目度……。SNS時代の国際大会における情報発信の重要性を、あらためて実感した大会となりました。

 特に今回のWBCでは、いくつもの「忘れがたいフレーズ」を翻訳する機会に恵まれました。後編では、通訳の目線から今大会の印象的なシーンを振り返っていきたいと思います。

<つづく>

#2に続く
チェコ監督「こっぴどく激しい試合をありがとう」…WBC通訳が胸を打たれた“グッドルーザーの言葉”とは「我々は夢を持って東京にやってきた」

記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。

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