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「面白い。昔のラグビーみたいで」38戦負けなしの無敵軍団を惑わした必殺トリック…仕掛け人・沢木敬介監督が示したかったものとは?
text by
大友信彦Nobuhiko Otomo
photograph byNobuhiko Otomo
posted2023/02/03 11:02
横浜イーグルスを率いて3シーズン目を迎える沢木敬介監督。2018年12月から黒星がない王者ワイルドナイツを寸前まで苦しめた
まず大前提として、相手のワイルドナイツは国内最強の座に君臨するチャンピオンチームであるという事実がある。公式戦(カップ戦、国際交流試合は除く)を戦って負けたのは、2018年12月15日の旧トップリーグ、順位決定戦のシャイニングアークス戦が最後。コロナ禍で打ち切られた2020年トップリーグで6戦全勝、やはりコロナで開幕が延期された2021年トップリーグがリーグ戦6勝1分、順位決定戦4連勝で優勝、そしてリーグワンに再編された昨季、コロナによる不戦敗が2つあったあとはリーグ戦を14連勝、プレーオフ2連勝で優勝。そして今季もここまで5連勝。この試合を迎えるまでワイルドナイツはまる4年、38戦無敗。まさしく無敵の軍団だった。
そんな相手に、イーグルスはほとんど勝利を手にしていたという事実。
このサインプレーで追い上げたイーグルスはその後もワイルドナイツを攻め立て、後半34分に途中出場のFWシオネ・ハラシリが逆転トライ。残り6分で19-14とリードを奪ったのだが……その直後、試合終了直前のラストプレーで同点トライを許し、逆転コンバージョンを決められ、イーグルスは逆転負けを喫していた。
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この会見も冒頭は「悔しいです」という言葉で始まっていた。沢木監督が口にしたのは、大魚を逃した99%の悔しさの中で見た、1%の光明、手応え、達成感だった。
ラグビーの進化によって生まれた閉塞感
もうひとつ、発言の裏には現在の世界ラグビーを包む、ある種の閉塞感もあった。
相手陣深くでPKを得たら、選択はほとんどの場合、ラインアウトかスクラム。速攻がチョイスされることも希にはあるが、それは相手の防御が整わず、ボールが手元にあり、かつレフリーが速攻を目視して認めることができる……数々の条件を満たしたときのみ。インターネットの普及で世界中の映像が共有化され、コーチングも分析も共有化された現在、世界中のラグビーは均一化している。勝負を決めるのはプレーの強度、ハイプレッシャーのもとで均一な戦術を遂行できるスキルとフィジカルの強さ。それは互いに同じ武器の物量を競い合うパワーゲームだ。
かつてはそうではなかった。
選手たちがまだコットンの長袖ジャージーを着ていた1980年代から90年代。相手陣でPKを得たチームがゴールを狙わない意思を見せると、スタジアムからは拍手がわき起こった。そこで演じられたのは多くの場合、一発でトライを取るために用意してきたスペシャルプレー。そこには、各チームのラグビーへの考え方、考えてきた時間の深さ、つまりそれぞれのラグビー愛が現れていた。
たとえば、大柄なFW選手が3〜4人、並んで「壁」を作る(スクリーンとも呼ばれた)。タップキックした選手から「壁」にボールが送られる。DF側から一瞬ボールは見えなくなる。そこへ後方からアタック側の複数の選手がコースを変えて走り込む。誰がボールを持つのか分からない。
印象深いのは、1991年W杯でオールブラックスがイタリア戦で披露した「壁」の真ん中をNo.8ジンザン・ブルックが破るムーブだ。両サイドにダミーが走って幻惑する真ん中を割って長身のジンザンが現れ、トップスピードでゴールラインを駆け抜ける――そのダイナミックなプレーは翌年、極東の島国の大学生の試合で再現された。
関東大学交流試合の法大vs筑波大。「壁」を割って大股で走り抜けたのはオレンジとブルーのジャージーを着た背番号8、のちに日本代表で2度のW杯に出場する伊藤剛臣だった(筆者は当時『NumberVideo』の編集に携わって両方のトライを何度も見ていたので印象深いのだ……)。
当時、そんなプレーが見られたのには理由があった。