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「面白い。昔のラグビーみたいで」38戦負けなしの無敵軍団を惑わした必殺トリック…仕掛け人・沢木敬介監督が示したかったものとは?
posted2023/02/03 11:02
text by
大友信彦Nobuhiko Otomo
photograph by
Nobuhiko Otomo
何が起こったんだ?
熊谷ラグビー場を包んだのはそんな、オドロキ、当惑の空気だった。
ちょっと待って、もう1回みせて!
こういうときは、テレビで観戦している人がうらやましくなってしまう。だが熊谷ラグビー場には、W杯に備えて設置された2つの大型ビジョンがある。ありがたいことに、間もなく、そのトライはリプレイされた。
「サインプレーは誰が考えた?」
1月28日、熊谷ラグビー場で行われた埼玉ワイルドナイツvs横浜イーグルスの後半7分だった。イーグルスが相手陣ゴール前10mでPKを得た。通常なら、相手陣でPKを得たら3点を狙うショットを選択するか、またはタッチに出してラインアウトからモールでトライを狙う。あるいはスクラムを選択し、相手FWの8人を1カ所に固めた上でボールを動かす、またはスクラムトライを狙う――現代ラグビーではそれが定石だ。だがイーグルスの選択は違っていた。
No.8のアマナキ・レレイ・マフィの負傷退場に伴う中断を経て、ゲームが再開された。滑川レフリーのゲーム再開の笛が鳴る。ロックのコーバス・ファンダイクがタップキックして前進。ここまではそんなに珍しくはない。だがファンダイクは、相手DFにタックルされるよりも前に手にしたボールを地面に置いたのだ。
地面にボールを置くという想定外の動きが、相手DFの動きを一瞬止める。
え? と当惑するワイルドナイツのDFを尻目に、斜めに走り込んできたSHファフ・デクラークが地面のボールを拾い上げる。さらに反対側から走り込んできたFBエスピー・マレーへパス。マレーは、的を絞りきれずに立ち止まったワイルドナイツDFの間をスルリと走り抜け、無人のインゴールにボールを置いた。相手DFに指先一本触れさせない鮮やかなトライ。スタジアムにはトライを喜ぶ拍手と、それ以上に「今のは何?」というどよめきがあがった。
試合後の記者会見。横浜イーグルスの沢木敬介監督に「あのサインプレーは誰が考えたんですか?」の質問が飛ぶ。沢木監督は「まあ、ご想像にお任せします」と答えたが、顔は少しだけ笑っていた。そして続けた。
「ああいうの、面白いじゃないですか。やっぱりラグビーを楽しむというのが僕らの根底にはある。ああいうプレーを見たら、楽しい気持ちになるでしょ」
この言葉の陰にはいろいろな思いがある。