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大学野球PRESSBACK NUMBER
「親父に恥をかかせたくない」名将・馬淵史郎の息子、馬淵烈が明かす“甲子園に届かなかった”明徳義塾の18年間「中学の時はよう泣いていました」
posted2022/12/23 11:00
text by
内田勝治Katsuharu Uchida
photograph by
Hideki Sugiyama
拓殖大学八王子国際キャンパス。高尾の自然に恵まれ、東京ドームおよそ23個分と都内ではトップクラスとなる広大な敷地面積の一角で、東都大学野球リーグの2部に所属する硬式野球部は活動している。
1920年創部の伝統あるチームを2020年シーズンから率いるのは、馬淵烈(つよし)さん。「戦国東都」の1、2部に在籍する百戦錬磨の監督の中で33歳と最も若く、選手のよき兄貴分といった印象さえ受ける。
監督としての難しさを痛感する日々
ただ、野球の話となると、その柔和な表情は一変し、勝負師の顔をのぞかせる。
「毎年毎年が勝負なんですけど、特に今年はうまくいかなかったですね。春3位で、秋は最下位争いの5位。毎年、常勝チームを作るのは難しいかもしれないですけど、やっぱり負けたら悔しいですよね。勝つために何が必要だとか、どういう原因で負けたとか……。難しさを痛感しているところです」
4年生が引退し、3年生へと代替わりした新チームが始動。色づいた紅葉も落ち始めた晩秋、馬淵さんの1日は、朝の8時5分から選手たちと一緒に「洗心寮」の前を掃除するところから始まる。
「僕、送風機(ブロワー)持ってるんですよ。拓大って木に囲まれていて、この時期は無限に銀杏の葉とか落ちてるんで、あれでかき集めます。あまり意味ないですけどね(笑)。寮の周り、寮の掃除、そこからスタートです。今の子って、心を落ち着かせて掃除するっていうのがなかなかできないんですよ。こっちがやらないとやらない。手本というか、こうだよというのを見せています」
生まれた時から18年間、山の中が決定していました(笑)
高知県須崎市出身。少年時代から雄大な自然に囲まれて育ってきた。父は、明徳義塾高校を率いて甲子園通算54勝、U18高校日本代表でも監督を務める史郎さん(67)。馬淵さんにとって、野球と明徳義塾は、とりわけ「生活の一部」だったと言っても過言ではない。