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アントニオ猪木が当局の反対を押し切って叫んだ「1、2、3、平和!」1995年北朝鮮興行に込めていた思いとは?「ガウンは平壌に脱いできた」
text by
長谷川晶一Shoichi Hasegawa
photograph byEssei Hara
posted2022/10/06 17:02
1995年北朝鮮のメーデースタジアムでの試合後に撮られた1枚。観客動員38万人の大イベントに猪木が込めていた思いとは…?
地元観客たちからも、大きなどよめきと歓声が
試合が始まった。猪木もフレアーもともに「箒相手でもプロレスができる」と称される達人だ。お互いに距離を詰めつつ、出方を探り合う。その一挙手一投足を、ファインダー越しに原は注視していた。
「相手がフレアーだったので会場のスケールとも一致していたし、お互いにスイングしていましたね。相手が(ハルク・)ホーガンじゃなくてよかったんじゃないかな?」
長年、猪木を見続けてきた村松は、はたして北朝鮮の観客に届いているのだろうかと、その光景を見つめていた。
「大観衆を操る猪木に呼応して、フレアーもショーマンシップとシリアスな攻防の両輪を展開する底力を見せた。プロレスになじみのない地元観客たちからも、大きなどよめきと歓声が沸き起こっていましたね」
猪木の引退試合として相応しい一枚になるはずだ
自らの必殺技である「4の字固め」への布石となるニークラッシャーや膝蹴りで猪木を執拗に追い詰める。その一方では猛反撃を受けると、許しを乞う卑屈な姿を臆面もなくさらす。フレアーの老獪な戦いぶりは北朝鮮の人々にも存分に伝わっていた。
やがて猪木の猛攻が始まる。リングサイドでカメラを構える原にとって、「待望の瞬間」が訪れる。彼が狙っていたのはメーデースタジアム壁面のはるか上方に掲げられていた故金日成主席の肖像画と、リング上で戦う猪木の雄姿を一枚に収めることだった。その画こそが猪木の引退試合として相応しい一枚になるはずだと考えた。
「リング下から仰ぎ見るようなアングルならば、肖像画と猪木さんを同時に収めることは可能でした。ナックルアローでもコブラツイストでもいいけど、延髄斬りでは難しいだろうと思っていました。それまで、延髄は縦位置で撮ることはほとんどなくて横位置で撮っていたけど、横だと高さが取れないから、肖像画が入らないんです」