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あのポール・マッカートニーが“大相撲の伝統”を変えた? 中継で必ず見る“懸賞幕”はなぜ広告業界からも高く評価されるのか
posted2022/09/18 17:02
text by
熊崎敬Takashi Kumazaki
photograph by
KYODO
幕内力士の取組に懸けられる懸賞は、ハウマッチの宝庫。取組前に土俵を一周する懸賞幕には、一本につき税込7万円が協賛団体や企業から提供される。
7万円の内訳は次の通り。1万円が日本相撲協会の事務経費になり、3万円が納税充当金に(勝利力士の納税対策として協会が預かり、余ると勝利力士に返還される)、残る3万円を勝利力士が手刀を切って受け取る。
では広告の役目を果たす懸賞幕自体は、いったいいくらするのだろう。
「懸賞幕は光沢のあるサテンと光沢がないスウェードの2種類の生地があり、前者は税別6万円から、後者は同5万5000円から。依頼主が印刷の出来をチェックされる場合は、別途校正代をいただいています」
こう語るのは、かつて国技館があった東京・蔵前で1908年に旗専門店として創業した株式会社トマックの代表取締役、田中晴美さん。大相撲に懸賞幕が導入された1949年の数年後、幕を扱い始めた老舗である。
あのポール・マッカートニーが急遽発注
変化、進化の激しい広告業界。その中でも懸賞幕はかなり古典的な広告だが、それでもこれにしかない効果があるようだ。
「広告代理店の方がおっしゃるには、好角家には高齢者が多く、この層にアピールするには費用対効果がいいと高く評価されているようです。また旬の力士が出てくると出身地のファンに加えて企業も盛り上がるので、こぞって懸賞幕を出していただくケースもあります。長野県出身の御嶽海関が躍進したときが、そうでしたね」
懸賞幕と言えば、かつては企業名や商品名がほとんどだったが、近年は映画やマンガのキャラクターをPRする、イラストや写真入りの懸賞幕が増えてきた。これは印刷技術の進化と決して無縁ではない。
過去数千本もの幕を製作してきた田中さんには「忘れられない一本」がある。2013年九州場所に掲出されたポール・マッカートニーの新譜をアピールする懸賞幕だ。
「日本ツアー中に九州場所5日目を観戦したポールさんが懸賞幕に興味を示し、急遽発注をいただいたんです。彼が日本にいる間に出さないと意味がないので、通常3週間かかるところを中3日の超特急で仕上げました」
懸賞幕は初日から千秋楽まで15日間掲出するのが決まりだが、5本製作された“ポール幕”は特例で終盤3日間の掲出に。ロック界の大御所が、大相撲の伝統を動かした。