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「横綱になって1、2年目は病んでましたからね」付き人が明かす“破天荒すぎる横綱”朝青龍の知られざる涙「横綱相撲ってなんだ?」
text by
雨宮圭吾Keigo Amemiya
photograph byTakashi Shimizu/JMPA
posted2022/05/22 11:01
第68代横綱・朝青龍。輝かしい成績とともに世間から“破天荒”という世間のイメージだったが、その裏には知られざる苦悩があった。
'04年の初場所初日からは35連勝という圧巻の強さを見せ、同年九州場所から史上最多の7連覇を成し遂げた。
持ち味は気迫とスピード。朝青龍が苦手にしていた元大関・栃東の玉ノ井親方は、多くの横綱と対戦の経験を持ち、朝青龍の強さも肌で知る一人だ。
「あの足腰のバネは誰も持っていないもの。簡単には引き下がらない圧力もものすごかった。見てわかると思うけど気迫も普通の力士とは違う。仕切るたびに気迫が高まって最後はボルテージマックス。大抵の力士はあの気迫に負けていたと思うよ」
千代の富士の筋骨隆々の頑強さ、貴乃花の右四つの剛健さ、白鵬の柔らかさとも違う。それが朝青龍の個性だった。
「俺を好きとか嫌いとかはどうでもいい。でも俺の相撲はみんな見たいんだよ。だからそこだけは譲れない」
天敵の横審にもハグ「秀吉のような人たらし」
そんな独自の横綱像を確立した頃には周囲の批判を気に病むナイーブさも消えうせていた。しかしどれだけ傍若無人に振る舞っても、どこか憎み切れない愛嬌や親しみやすさの持ち主でもあった。
'09年夏場所前の稽古総見では、手術明けだった横審の内館牧子委員に「先生、心配しましたよ」と歩み寄ってハグし、常に小言を頂戴していた天敵に「秀吉のような人たらし」と言わしめた。付け人頭だった日比政樹(元幕下・輝面龍)からすれば、それもまた朝青龍らしい一面であるという。
「みんなの前だと立場があるから横綱として振る舞うけど普段は付け人にも優しかった。人たらしと言われたあれも計算ずくじゃなくて自然体だからね。その時の気分次第ではあるんだけど、横綱は本当にそう思っているからやっているだけなんだよ」
「おい!」横綱が思わず声をかけた“16歳の三段目”
'03年夏場所の千秋楽では運命的な出会いもあった。横綱土俵入りを終えて支度部屋に戻った朝青龍は、三段目の優勝決定戦に敗れて泣いている力士を見つけた。「おい!」と呼び止め、「その気持ちがあるなら強くなるよ。頑張れ」と声をかけた。横綱がそんなタイミングで見ず知らずの三段目を励ますのも珍しいこと。朝青龍だからこその出来事であった。そしてその見立ては間違いではなかった。