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「横綱になって1、2年目は病んでましたからね」付き人が明かす“破天荒すぎる横綱”朝青龍の知られざる涙「横綱相撲ってなんだ?」

posted2022/05/22 11:01

 
「横綱になって1、2年目は病んでましたからね」付き人が明かす“破天荒すぎる横綱”朝青龍の知られざる涙「横綱相撲ってなんだ?」<Number Web> photograph by Takashi Shimizu/JMPA

第68代横綱・朝青龍。輝かしい成績とともに世間から“破天荒”という世間のイメージだったが、その裏には知られざる苦悩があった。

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雨宮圭吾

雨宮圭吾Keigo Amemiya

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Takashi Shimizu/JMPA

若貴後に土俵を席巻したのはモンゴルの青き龍だった。横綱とは何かという命題を我々に突きつけた力士の実像に迫る「Sports Graphic Number」掲載記事を特別に公開する。
〈初出:2019年2月14日発売号「暴れん坊ヒーローの素顔 朝青龍『横綱相撲ってなんだ?』」/肩書などはすべて当時〉

朝青龍が付け人に問い続けた「横綱ってなんだ?」

 ぎろりと周囲をにらみつけ、むんずと懸賞金の束をわしづかみにする。土俵上では憎たらしいほどの強さを見せておいて、支度部屋に戻り風呂場のドアを閉めると朝青龍は束の間ひとりの人間に戻った。

 付け人を務めていた岡田泰之(元三段目・男女ノ里)は、横綱に昇進した頃、取組後の風呂番を務めていた。人目を気にせずに済む閉ざされた空間で、岡田は朝青龍から「横綱ってなんだ?」「横綱相撲ってなんだ?」と疑問をぶつけられたという。

「取組に対しての反省をそこでするんですよ。風呂場は自分と1対1なので、本人もちょっと安堵が出る。今日はよかったなとか、あいつ力強いなとか。新横綱になってしばらく経ったときは、今日は横綱相撲だったか?って聞かれてました」

 荒々しい相撲っぷりと言動ゆえに昇進時から品格には注文が付いていたが、'03年に起きた同胞の先輩、旭鷲山との騒動で激しいバッシングにさらされた。世間のイメージは、綱の重みなど考えもしない生意気な暴れん坊横綱だったろう。だが同じく付け人だった熊郷克彦(元三段目・熊郷)も思い悩む姿に何度も触れていた。

「横綱になって1、2年は病んでましたからね。酔っぱらうと『こんなに一生懸命やってるのに、なんでみんなわかってくれないんだ』って自分らの前で泣いたりするぐらいでしたから」

 歴代最速となる初土俵から25場所(幕下付け出しデビューの輪島を除く)での昇進を果たしたが、貴乃花や武蔵丸との横綱対決は叶わぬまま、世代交代をアピールする機会には恵まれなかった。一人横綱21場所は歴代最多。国技の看板を一人背負わされ、品格という漠たるものを押し付けられ、朝青龍は朝青龍なりにもがいていたのだった。

悩む朝青龍に北の湖は「横綱相撲なんてそんな言葉ない」

 苦しむモンゴルの青年に救いの手を差し伸べたのは、頂点に立つ孤独を知る先輩横綱、特に大鵬、北の湖だった。「お前はお前のままでいい。横綱相撲なんてそんな言葉ないんだよ。お前が負けずにどうだ!ってやれることが朝青龍の相撲。それが多くの人を魅了して人を呼べるんだ」。二人とたびたび食事をして横綱のあり方を説かれながら朝青龍は全盛時代を築いていった。

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