濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
「今のプロレスは危険すぎる」批判は本当に適切か? 大谷晋二郎“頚髄損傷のリング事故”を至近距離で見た筆者が明かすリアルと“選手の証言”
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byNorihiro Hashimoto
posted2022/04/16 11:00
4月10日のZERO1両国国技館大会で対戦した大谷晋二郎(左)と杉浦貴。試合中盤に大谷が負傷し、救急搬送された
試合はストップ、“声援NG”でも観客からは大谷コール
ただレフェリーとしては、できる可能性があるなら試合を続けさせたい。プロレスにはそういう面もある。カウント7を数えたところでレフェリーが大谷の口元に耳をもっていった。「できるか?」と確認しているようだった。大谷は何か口を動かしているが、声は聞こえない。その段階で、レフェリーは試合をストップした。
大谷は動けない。勝った杉浦はベルトを持って引き上げる。同時にリングのロープが外されていった。大谷を搬送するためだ。この時点で救急車が呼ばれていた。それとは別に、レスラーたちがストレッチャーを用意してもいた。対処は迅速だった。
場内は騒然としていた。誰もが不安な顔だ。そんな中で新鋭・北村彰基がマイクを握り、大会を締めた。発射された銀テープを浴びる顔がせつない。会場は“声援NG”だったが、観客からは大谷コールが発生した。できることはそれしかなかった。
リングには大谷が倒れたままだ。観客は不安もあり帰れない。リングに近寄ってしまう者もいる。他団体の選手や関係者も出てきて場内整理を始め、観客に退席をうながす。何度も「大谷選手は意識がある状態です」というアナウンスがあった。
若手選手と妹に付き添われて搬送されていく
やがて救急隊が到着した。「手を握ったり開いたりできますか」という問いかけに、何か答えているようだったが体は動かない。首を固定され搬送されていく大谷が「苦しいからマスクを外してくれ」と言っていたという報道もあった。もちろんこれは酸素マスクのことだ。
若手選手と会場に来ていた妹に付き添われて大谷が搬送される。すぐに場内の撤収作業が始まった。大谷を慕う若い選手たちが整然と仕事をしている。その場にいる全員が自分のやれること、やるべきことに黙々と取り組んでいた。
その胸中までは分からない。けれど心のどこかで、こういう事態もありうるのがプロレスなのだと感じていたのかもしれない。
「危険すぎる」…巻き起こった批判
この試合が報じられると、すぐに「今のプロレス」への批判が巻き起こった。今のプロレスは過激化する一方であり、危険な技が多い。禁止すべき技もあるのではないかという声だった。
だが、こうした批判はあまりにも性急だ。選手が怪我をした時の「テンプレ」とさえ言っていい。10日夜の時点で、試合を見た上で「危険すぎる技」だったと判断した者はどれだけいるだろうか。
〈「今のプロレスは危険だから」と言わないで欲しい。
プロレスは、いつの時代も危険だから。
そして、リングに上がる者はみんな鍛えて、覚悟を持ってます〉
この大会に出場した新日本プロレスの小島聡は、ツイッターにそう書いている。〈何が良くて何が良くないのか、30年以上続けても答えは解りません〉とも。