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ラケット破壊、審判台を殴打…なぜテニス界では「野蛮行為」が一向に減らないのか?〈選手の妻が審判員にビンタ事件まで〉
text by
山口奈緒美Naomi Yamaguchi
photograph byGetty Images
posted2022/04/15 11:06
世界ランク3位のアレクサンダー・ズベレフ。2月下旬にアカプルコで行われたメキシコ・オープン・ダブルスの1回戦で敗れたあと、判定への不満と怒りを抑えきれず、暴言を連発しながらラケットで激しく審判台を殴打した
記憶に新しいところでは、一昨年の全米オープンでノバク・ジョコビッチが苛立ちから打ったボールがラインジャッジの喉元を直撃したという事件があった。2017年には、当時まだ17歳だったデニス・シャポバロフがデビスカップでやはり腹立ち紛れに強打したボールが主審の目を直撃し、眼窩骨折の重傷を負わせてしまった。さらに遡れば2012年、イギリスのクイーンズクラブの決勝で元世界3位のダビド・ナルバンディアンが、スポンサー広告のボードを蹴り上げて破壊し、その後ろにいたラインズマンが脛に裂傷を負った。いずれのケースも失格処分となり、賞金も没収されている。
なぜか減らない野蛮行為「罰金だけでは甘いのか?」
だから、選手たちが最近急に野蛮化したというよりは、こうした行為が一向に減っていないといったほうがいいのかもしれない。運悪く人を傷つければ失格で、そうでなければ罰金だけという罰則のプロセスにも問題があるのだろうか。
インディアンウェルズでのキリオスの罰金は2万5000ドル(約310万円)で、ブルックスビーは1万5000ドル(約186万円)で済んだ。100万円単位の罰金は一般人の感覚としては決して安くはないが、いずれも獲得賞金の7分の1程度。キリオスはインディアンウェルズで17万9940ドル(約2260万円)、マイアミで失格を免れたブルックスビーは4回戦まで勝ち進んで9万4575ドル(約1180万円)の賞金を獲得している。
ちなみに、70年代末から80年代の悪童といえばジョン・マッケンローだったが、彼が1試合でもっとも重い罰を科されたのは、1987年の全米オープンの3回戦だった。その額1万7500ドル。身体的な暴力も振るわず、ラケットも壊さず、口だけでもらった罰金だったが、ベスト8だったこの大会で獲得した賞金の半分以上にあたる。今のグランドスラムは当時の10数倍の賞金に膨れ上がっているから、その比率で計算すれば2700万円くらいの罰金をとられたことになる。しかもこのときのマッケンローは2カ月間の出場停止まで言い渡された。
優等生ばかりがファンに愛されてきたわけでもない
今は違反行為への罰則が甘いと指摘されるのも当然か。罰を厳しくし、選手を教育しなおしたらどんな効果が出るのか興味はあるが、優等生が増えてもテニス人気が高まるなどということはないだろう。
長年テニス人気を引っ張ってきたロジャー・フェデラーとラファエル・ナダルの模範的な王者の振る舞いをファンは愛したが、同時に乱暴者や癇癪持ちのキャラクターの存在をおもしろがってきたのも事実だ。マッケンローにゴラン・イバニセビッチ、マラト・サフィン……数々の人気者がいた。危険行為の常習犯たちが愛すべきチャンピオンになれるかどうか、対策の目的地はそこでなくてはならない。