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甲子園の風BACK NUMBER
松山商で日本一の鬼監督が語る“選手に伝わる叱り方”「損得じゃなくて善悪で接する」「レギュラーだろうが補欠だろうが関係ない」
posted2022/04/11 17:01
text by
元永知宏Tomohiro Motonaga
photograph by
Ichiro Sugino
甲子園出場を義務付けられた名門の監督を18年間つとめた澤田勝彦は、2010年4月から同じ松山市内にある北条の監督をつとめることになった。甲子園出場経験のない野球部の状況に澤田は戸惑った。
「私が赴任する前に不祥事があって、6カ月間の対外試合禁止処分が下されとったんです。松商での『鬼の澤田』のイメージが強かったらしく、北条の監督になるとき、生徒たちに『やめたいと思うとるやつがおったら手を挙げてみい』と言ったら、『はい』と全員が返事しました(笑)。それぐらい怖かったようです」
甲子園出場を目指して入部する選手の多い松山商業とは、何から何まで違っていた。
「初めて練習を見たとき『同好会かな』と思ったぐらい。松商に入ってくる子とは覚悟も技量も大きな差があった。はじめにしたのは、野球をするための環境整備でした。幸いなことに対外試合が禁じられていたから、みんなでネットを補修したり、草むしりをしたり。作業をしているとき、選手たちは全然嫌な顔もしなかったですね」
非強豪校の指導で得た“新鮮な驚き”
50代になっていた澤田はここで大きな発見をする。
「松商では、監督やコーチの言うことは絶対で、黒いカラスでも監督が『白』と言えば『はい』と言わんとならん。練習もこちらが用意したことを黙ってやるというスタイルでした。でも、北条では生徒から『監督さん、ここはこうしたほうがいいんじゃないですか』と言ってくる。そのことに新鮮な驚きを感じました」
強豪校には強豪校の、そうでない高校にはそうでない高校のよさがある。
「松商のときは、そんなこと、ない、ない、ない。そういう姿を見て、指導について考えさせられました。やっぱり、こうじゃないといけんなと。北条では、自分の考えをかみ砕いて説明しながら、選手たちに意見も聞きながら指導してきました。
彼らのよさも認めながら、監督の意図を汲んでパッパと動く松商のよさも植え付けていきました。内野手なら、足を動かして『足で投げる』ということができるようになった。5年くらい前から、私の考えを理解してくれたかなと思います。野球部としての成長を感じました」
2021年夏の愛媛大会は、3回戦で優勝候補の新田と競り合い、敗れた。