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高梨沙羅が「もうひとりのサラ」に勝利し、観衆を魅了した“10年前、伝説の大ジャンプ”とは…「一日11時間勉強」の超ストイック秘話も
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byGetty Images
posted2022/03/09 17:00
ライバルとして互いをリスペクトする高梨沙羅とサラ・ヘンドリクソン。ヘンドリクソンは2021年に現役引退を表明した
「あの素晴らしいジャンプがプレッシャーになりました」
試合後に振り返ったヘンドリクソンは、95.5mにとどまった。
1位、高梨、2位、ヘンドリクソン。
気温の上昇によって、コースコンディションはいよいよ悪化した。2本日の打ち切りが決まる。1本目の順位がそのまま大会結果となった。
大観衆の心をつかんだ地元での初優勝
一線級がそろうワールドカップでのヘンドリクソンに対する勝利であり、高梨にとって、そして日本の女子選手にとって初のワールドカップ優勝が決まった瞬間だった。
「いつもより集中していました」
そのひとことに、午前の結果が出たあとの表情がダブる。負けず嫌いが生んだ集中だったのかもしれない。
「いつも以上に浮きがあり、これはいけるかもと思いました。あこがれであり、目標であった人に勝つことができてうれしいです。初優勝よりも、地元で勝つことの方がうれしい。その2つが重なって、うれしく思います」
うれしい、という言葉が、何度も口をついた。こんなにも喜ぶ姿はかつてあっただろうか。
観客から祝福の言葉が飛ぶ。あちこちで日の丸が振られている。競技場には国内の大会では久しく見たことのない大勢の観客が詰めかけていた。
「こんなこと、あったっけね」
「びっくりだね」
初老のスキー関係者が驚いたように話している。
その競技を詳しく知らなくても、美しさや凄みが伝わるパフォーマンスがある。ジャンプを知らなくても、これがジャンプの魅力なんだと言わんばかりの一本は、大勢の観客の心を、確実につかんでいた。
手を振ってこたえる高梨は、どこまでも晴れやかだった。表彰式でも観客席を見ては手を振り、いつまでも笑顔は消えなかった。
集まった取材陣は100名をゆうに超えていた。
表彰式と記者会見を終えた高梨が、北海道から応援に駆けつけていた母のもとへと駆け寄る。そのあとを何台ものテレビカメラが追いかけていくと、2人を取り囲んだ。さらに記者が、カメラマンが慌てて集まってくる。数十人の、幾重もの輪の中に包まれ、高梨の体は見えなくなった。