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高梨沙羅が「もうひとりのサラ」に勝利し、観衆を魅了した“10年前、伝説の大ジャンプ”とは…「一日11時間勉強」の超ストイック秘話も
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byGetty Images
posted2022/03/09 17:00
ライバルとして互いをリスペクトする高梨沙羅とサラ・ヘンドリクソン。ヘンドリクソンは2021年に現役引退を表明した
午前10時、1試合目が始まる。
1本目に98.5mで2位につけた高梨は2本日、99.5mを飛び、ゴールエリアで最後のジャンパー、ヘンドリクソンを見守る。
ヘンドリクソンは95.5mにとどまる。結果が電光掲示板に表示される。1位、ヘンドリクソン、2位、高梨。逆転はならなかった。確認した瞬間、きゅっと唇を結んだ。2位という結果への今までにない表情は、高梨の隠れた一面を示していた。
「すべてがパーフェクト」な大ジャンプ
午後1時、2試合目が始まった。午後になり、気温が上昇していた。雪が溶け始め、助走路は荒れ始めていた。
高梨の出番は37人中33番目。
スターティングゲートからスタート。高梨は踏み切った。
ジャンプは、受け身の競技である。
助走路を滑り降りる「アプローチ」。踏み切り。空中姿勢。着地。
滑るところから空中まですべてが天候に左右される。雪が降り積もればとたんにスピードは落ちる。風の具合は飛距離に影響する。
自ら攻めることができるのは踏み切りの部分にしかない。バーを離れれば風の抵抗を受けぬようできるかぎり身を小さくし、ジャンプ台を滑走してスピードを稼ぎ、空中ではバランスを保って風の抵抗をできるだけ大きくして浮力を得る。
正確な踏み切りと、山田いずみの言う、いかに無駄を省けるか。
ジャンプにおいて完壁であるとはそういうことだ。
そして完壁なジャンプの美しさがどういうものなのか。それが今、日の前にあった。
空中高く飛んだ体はまるで静止画のようにぴたりと止まって見える。
「鳥のようになれる」とはこういうことなのか。鈴覚であると分かっているのに、浮き上がっていくかのようだ。
「スムーズで、すべてがパーフェクトでした」
渡瀬弥太郎が絶賛した高梨の1本日は102.5m。ヒルサイズの100mを上回る大ジャンプは、男女を通じてバッケンレコードタイでもあった。
ふだんは飛び終えたあと、大きく表情を変えることがない高梨が、このときばかりは笑顔を見せた。
完璧な一本は、その3人あと、1本日のラストに飛ぶ、「精密機械」とも言われるヘンドリクソンのリズムを狂わせた。