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15歳ワリエワにエテリコーチは本当に“激怒”していたのか?…ロシア在住記者が読み解く「どうして戦うのをやめたの?」の真意
text by
栗田智Satoshi Kurita
photograph byGetty Images
posted2022/03/02 17:02
北京五輪で注目された女子フィギュアスケート、ロシア・ワリエワに関する一連の騒動。エテリコーチにも取材経験のあるロシア在住記者が振り返る
ワリエワに限らず、アリーナ・ザギトワなど他の選手に対しても、大会でしばしば見られた光景だった。いい演技をすれば優しく迎え入れるが、問題が起きた場合は即座に指摘し、その場で対処しようとする。以前、インタビューでも「コーチによる批評は最も価値のあるものです。ほめてばかりいるべきではありません。厳しい言葉をかけることもありますが、黙っているのはもっとよくない」と答えている。騒動があっても、あくまで指導者としての役目を果たすべきというスタンスは変わらなかった。
まだ15歳だから、ドーピング問題で非難されているから、かわいそうだからといって例外は作らない。コーチとして伝えるべきことをはっきり伝える。世界が見守る五輪の大舞台であっても“通常運転”であるところは、やはり「鉄の女」と呼ばれる所以だろう。
そういったトゥトベリーゼのスタイルに免疫のない人が「15歳の少女に対してなんて冷たいんだ。すぐに抱きしめてあげるのが普通だろう」と反応するのは無理もないことだ。あの瞬間、“エテリ=非情”のイメージが世界に向けて拡散されたのは当然の結果と言える。あの眼光鋭い表情や、頑なに自分の指導スタイルを貫こうとする点で、誤解も受けやすいだろう。もちろん、一連の騒動にトゥトベリーゼが関わっていたかどうかは、まだ明らかになっていない。
あまり注目されなかった「何か変えたでしょう?」の真意
これはメディアでもあまり報じられていない部分だが、トゥトベリーゼは最後に「わからない。何か変えたでしょう?」とも話している。
ロシア語のдобавитьは、英語で言うところのaddで「加える」の意味。ここでは「付け足した」「手を加えた」「変更を加えた」でもいいと思う。トゥトベリーゼはワリエワの演技がいつも通りではなく、何か余計なものが不自然に加えられたとの違和感を感じ取ったのだろう。
その後、キスアンドクライで4位に沈んだ結果を目にしたワリエワは「まあでも、これで表彰式は中止にならないし(悪いとばかりは言えない)」と自嘲気味に話し、泣き崩れている。放心状態だった彼女の口をついて出た初めてのまともな言葉が、これである。「ワリエワが3位以内に入った場合は表彰式を実施しない」とのIOCの決定が、やはり彼女に重くのしかかっていたのだろう。
ジャンプの失敗が意図したものかどうかはわからない。「勝ちたい。でも、勝てば他の選手に迷惑がかかる。なら何のために私は滑るのか」と答えが出ない複雑な心境のままにジャンプを失敗したことで、集中の糸がプツリと切れ、戦いを諦めてしまったのかもしれない。さすがに、あと何回ジャンプを失敗すればメダルを逃せるだろうと考えながら滑っていたとは想像したくない――。