Sports Graphic NumberBACK NUMBER
<22年間の激走を語る>福士加代子「マラソンのラスボス、倒せたかな」
text by
近藤篤Atsushi Kondo
photograph byAtsushi Kondo
posted2022/02/25 11:01
もう必死で走らない自分を受け入れられるか?
「全然向いてないです(笑)。まず距離が長すぎます! ジョグとか1時間ぐらいでいいかなと思いますもん。それもトイレ入ったり、神社行ったり、全部いれて1時間」
――前回のインタビューで福士さんは、マラソンっていうのは仲良しで集まって、それぞれがリモコンを持ってゲームやる感じだと表現しました。最初はみんなで一斉にラスボスに対して挑んでいくけれど、最後は仲良し同士もガチンコの勝負をすると。
「自分はどのゲームでも全て、そのラスボスまでは行くんだけど、倒せないタイプでしたね。Qちゃんも倒したろうし、渋井(陽子)ちゃんも倒したろうし、みんな1回は倒してんじゃないですか。自分も、奇跡のまぐれで1回ぐらいはあったかな。でも誰かの助けがあって、一人では倒してない感じがする。みんなで行かないと無理ですね。だから私は最後の引退レースでも、あんだけみんなに見守られたんでしょうね」
――もう必死で走らない福士加代子、そんな自分を受け入れられますか?
「走っているから自分には価値がある、そんなふうに考えていた時期もありますよ。でもいつからか、いったいお前はなにしてんねん? って自分に聞くと、走ってるのが面白いから、好きだから、楽しいからっていう返事が返ってくるようになりました。
そっか、走りたいから走ってますって答えればいいんだな、って。負けたら負けましたって言えばいいし、今日は頑張ったけどダメでした、じゃ次頑張ります、でもやっぱり次やりたくなかったからやめましたとか、答えはなんでもありだと気付けました。22年間走りながら自分と会話し続けてきて、最後はほんとの丸裸、嫌いな自分をひっくるめて、全部好きになれました」
インタビューは終わり、僕たちは写真撮影のために表に出る。平安神宮、先斗町、そして鴨川沿いの遊歩道。淡いピンクのワンピースと黒のニット姿からランニングウェアに着替えた途端、彼女は形容し難い軽やかさを身に纏い、レンズの前を走り抜ける。その姿を見ていると、どんなに言葉を重ねたところで、結局のところランナーという種族は走ることで自分を表現するのだということに改めて気付かされる。
鴨川での撮影が終わり、ペースを落として歩き始めた福士加代子に、一人の老人が近寄り、手に持った携帯電話を彼女の方に差し出しながら言う。
「あのな、今散歩中なんやけど、うちの家内がどうしてもあんたと喋りたい言うねん」
福士はその携帯をニコリと笑って受け取ると左の耳に当て大きな声で喋り始める。
「あ、お母さん、福士です、初めましてー」
その姿を見れば、きっとあなたもこう思ったことだろう。ああ、この人にちゃんとラスボスを倒させてあげたかったな、と。
福士 加代子Kayoko Fukushi
1982年3月25日、青森県生まれ。3000m、5000m、ハーフマラソンの元日本記録保持者。アテネから4大会連続でオリンピックに出場。'08年からマラソンに挑み、'13年と'16年の大阪国際で優勝、'13年世界陸上で銅メダル。今年1月30日のレースを最後に第一線を退いた。ワコール所属。