ボクシング拳坤一擲BACK NUMBER
「オレ、パンチないのかな」8回TKOの完勝でも井上尚弥の自己評価は“期待以下” 無名挑戦者との防衛戦が長引いた要因とは
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byPXB PARTNERS
posted2021/12/15 17:06
約2年ぶりとなる日本での試合ということもあってか、わずかに力みが見られた井上尚弥。8回まで粘った挑戦者アラン・ディパエンにも称賛が送られた
相手の動きを完全に読み切れないまま、2回に井上はペースアップする。ジャブをビシビシと打ち込んで、ディパエンを早くも下がらせ、ノックアウトへの期待をたちまち高めた。同時に早くも圧倒されてしまったディパエンの体内で緊急警報が発令される。挑戦者はとにもかくにも防御を優先させることになったのである。
力の差がある程度あったとしても、それなりのレベルの選手が防御を最優先してしまったら、それを崩し、倒し切るのはなかなか難しい。井上はそのことをよく知っていた。「勝って当たり前」の試合を何度も経験してきた。直前のロペス敗北から学び、ボクシングを雑にしない心の準備もできていた。
にもかかわらず、わずかに力んだ。わずかに前のめりになった。圧倒するのが早すぎた。その理由は初回の「ちょっと読み切れない」という感触にあったのか、心の奥底にしまった「2年ぶりの日本国内の試合でインパクトのある試合を見せたい」という欲にあったのか……。いずれにしても「わずかな狂い」がノックアウトまでの道のりを長くさせた要因である、というのが私の推論だ。
挑戦者のタフさに「判定が頭をよぎった」
井上は違和感を抱きながらも「この試合のために磨いてきた」というジャブをビシビシと打ち込み、右にもつなげて挑戦者を追い込んでいった。ディパエンは下がりながら懸命にブロッキングして決定打を許さない。井上は途中から攻撃の軸をボディにシフトする。ボディ打ちを研究してきたディパエンは絶妙にダメージを殺し、表情ひとつ変えずにサバイブを続ける。
井上はパンチに強弱をつけたり、ロープを背負ってわざと相手に攻めさせたり、あの手この手で状況を打破しようと試みた。しかしいったんディフェンスモードに入ってしまった選手を殻の中から引きずり出すのは、モンスターといえども困難な作業だった。
中盤以降、井上が一方的にリードしながら、チャンピオンの強打を浴び続けても倒れない挑戦者のタフネスぶりが目を引く。逆転のムードはない。それでも井上は「判定が頭をよぎった」。モンスターと無名の挑戦者の対決が判定までずれ込めば、それはもうニュースなのだ。