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「オレ、パンチないのかな」8回TKOの完勝でも井上尚弥の自己評価は“期待以下” 無名挑戦者との防衛戦が長引いた要因とは
posted2021/12/15 17:06
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph by
PXB PARTNERS
バンタム級のWBAスーパー王座とIBF王座を保持する井上尚弥(大橋)が14日、両国国技館でWBA10位、IBF5位にランクされる挑戦者アラン・ディパエン(タイ)に8回2分34秒でTKO勝ちした。あまりに大きな試合前の期待と、圧倒的に優勢な展開から、「8ラウンドもかかった」との見方もあった同試合の内容を紐解いてみたい。
「あれが一番怖い」井上が戦前に語っていた懸念
井上の圧倒的優位が伝えられ、来春にも実現しそうなWBC王者ノニト・ドネア(フィリピン)や、WBO王者(※注)ジョンリール・カシメロ(フィリピン)との統一戦の話題ばかりが先行する中での防衛戦。足元をすくわれたり、大苦戦を強いられたりするのはこういう時なのだが、井上に限ってそれはないと感じていた。
(注:カシメロは12月11日の防衛戦を直前でキャンセルし、タイトル剥奪の可能性が取り沙汰されている)
井上につけ入るスキはない。そうあらためて感じさせたのは、井上が試合直前に所属ジムを通じて発したコメントだった。
「ディパエンのどこに気をつけるかというよりも、自分自身に気をつけないといけない」
この発言の背景には、現地時間11月27日にニューヨークで行われたライト級統一王者のテオフィモ・ロペス(米)の試合があった。優位が伝えられたロペスは、格下とみられたジョージ・カンボソス(オーストラリア)を相手に、初回からKOを狙ってブンブン振り回した挙げ句に小差判定負け。自らをコントロールできず、墓穴を掘っての自滅だった。
「ロペスは自分自身が分かっていないというか、過信しすぎていた。あれが一番怖いですね」
ロペスを反面教師としてディパエン戦に臨んだ井上。その意識通り、立ち上がりは実に慎重だった。いつも通り無理には攻めず、ジャブを突きながら相手の情報をできるだけ収集しようとした。ディパエンが前に出るとスッとバックステップ。上半身の姿勢が微塵も変わらない美しい動きだ。理想的な立ち上がりのように見えながら、意外にも井上は手応えを感じていたわけではなかった。試合後にこんなことを明かした。
「見切るためにしっかり見てましたけど、タイのボクサーの独特のリズム、間合いを読み取りづらいというのはありました」