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「サッカー代表に熱心なサポーターがいなかった…」日本代表のゴール裏でよく見る超巨大ユニフォーム(100kg)はこうして誕生した
text by
熊崎敬Takashi Kumazaki
photograph byAFLO
posted2021/09/27 17:10
写真は2002年W杯ベルギー戦。そもそも、なぜこんな巨大なユニフォーム(幅28m、100kg)を作ったのだろうか
ワイヤーによって吊り上げたフランスとは異なり、日本のビッグユニフォームはサポーターたちの手によってスタンドに広げられる。長居では慣れないせいか時間がかかったが、回数を重ねるたびに伝統芸能のように美しく広がり、そして消えるようになった。
「サポーターのみんなにはどう思われているんだろう」
松下さんは2度だけ、ゴール裏ではなくメーンスタンド側とバックスタンド側からビッグユニフォームが上がるさまを見ていたことがあるという。そのとき客席から聞こえてきたのは「見て見て!上がってる!」と人々の喜ぶ声だったという。
長居以来、ビッグユニフォームは代表戦の名物になり、多くのサポーターが見たい、触れたいと願うものになった。
ビッグユニフォームは間近で見ると、無数のメッセージで埋め尽くされていることがわかる。試合前に寄せ書きをしてもらい、ゴール裏で広げるときも、下にいるサポーターが代表チームへの熱い思いを書き込んでいるからだ。
チームとともに国内を転戦し、全国各地のサポーターがメッセージを寄せる。そう、あの巨大なジャージには、日本中の人々の思いが込められているのだ。
試合を重ねて汚れが目立ち始めると、松下さんは仲間と一緒に巨大なビッグユニフォームをじゃぶじゃぶと洗濯する。巨大な布地は洗うのも大変だが、干すのも一苦労。それでもサポーターの思いがこもった大きなジャージを磨き続けてきた。
100kg→40kg「軽くなりました」
アディダスがサプライヤーとなって22年、現在のスカイコラージュは12代目のモデルとなる。ユニフォームがモデルチェンジするたび、ビッグユニフォームも代替わりしてきた。
28mという縦横のサイズは初代から代わっていない。ただし、100kgあった重量は素材の進化によって40kgまで軽くなった。万が一のアクシデントもないように難燃素材を使っているのは変わらないが、パラシュートと同じ素材を使用して格段に扱いやすくなった。
お役御免となった過去のモデルは、アディダスの倉庫に保管されている。ただひとつ、長居でお披露目された初代を除いては。
松下さんが苦笑交じりで言う。
「初代は残存していません。というのも2002年日韓大会が終わってモデルチェンジしたとき、応援に関わってくれたみんなに記念にということで細かく破片にして贈ったからです。ぼくですか? 持っていません。忘れられちゃったようで」
代表戦の風物詩として、すっかり定着したビッグユニフォーム。だが松下さんは、この先の形を思い描いている。
「東京2020で嬉しかったのは、ブラインドサッカー日本代表がオリンピック代表やフル代表、なでしこジャパンと同じユニフォームを着て戦ったということ。やっとひとつのサッカーファミリーになったという実感が湧きました。でもブラインドサッカーの日本代表には、まだビッグユニフォームがない。同じ時代にがんばっている彼らの背中を押すために、ブラインドの代表チームにもビッグユニフォームをつくりたい。その働きかけをしていこうと思っています」
Number1036号掲載の日本代表サポーター座談会「僕らが代表を応援し続ける理由」では、サッカー文化の普及とともに増えていったサポーターの歴史、そしてサポーターと代表の結びつきについて、松下さんと植田朝日さん、福森正也さんがたっぷりと語り合っています。さらに加藤久、井原正巳、宮本恒靖、吉田麻也ら歴代キャプテンの連続インタビューや岡田武史×森保一、中田英寿×田嶋幸三のスペシャル対談などを通じ、日本サッカーが歩んできた100年を紐解いています。