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「怖いイメージを変えてくれた」女子ボクシング入江聖奈の恩師が語る“運動音痴でセンスなし”から金メダリストになれた「3つの理由」
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byGetty Images
posted2021/08/25 11:04
東京オリンピック女子ボクシングフェザー級にて金メダルを獲得した入江聖奈。彼女を育てた恩師が、成長の裏側を明かした
コツコツ努力派の入江「一番運動音痴。センスもなかった」
鳥取県の小さなジムからオリンピック選手を出す。伊田会長の意気込みに対し、「それは無理だろう」という冷ややかな目は少なからずあったという。それでも伊田会長は長期計画に基づき、選手たちをコツコツと育成し続けた。一方で女子ボクシングに対する偏見を感じることは特になかったという。
「どうしても男子のほうが注目されるというのはありましたし、女子は技術的に未発達だと言われることはありましたけど、女子選手を育てる中でアウェー感みたいなものを感じたことはなかったですね」
いずれにしても伊田会長と選手たちは目標に向かって邁進した。ジャブ、ワンツーといった基本動作は繰り返し徹底して練習した。新しい指導方法といってもやはり基礎の反復練習は避けられない。子どもたちにとっては退屈な練習で、中には指導者の目を盗んで手を抜く選手もいた。そんな中でまったくサボらずに地道に練習する選手が入江だった。「一番運動音痴。センスもなかった」という入江だが、努力は裏切らず、小中学生を対象としたアンダージュニア大会では小学校5年生から中学3年生まで毎年優勝した。
基礎をある程度固め、高校からは高等テクニックを習得し始めて全国大会を制覇。世界ユース大会、アジアユース大会で銅メダルを獲得すると、もうだれも「鳥取の小さなジムからオリンピックなんて」と笑う人はいなくなった。
張りつめた入江は“泣き出す”ことも
2つ目の秘密はボックスオフだ。ボックスオフとは東京オリンピック出場をかけたアジア・オセアニア予選、世界最終予選への出場者を決める2019年12月に行われた国内最終決戦のこと。女子フェザー級は入江と晝田瑞希(自衛隊体育学校)の争いとみられていた。
伊田会長は「正直なところ当初は勝てないかもしれないと思いました」と打ち明ける。それだけ晝田は強敵に見えた。試合までの2カ月、伊田会長は週1回、鳥取から上京して入江の練習に付き添ってアドバイスを送り、課題を与えた。張り詰めた気持ちで練習していた入江が泣き出してしまうこともあった。
「あのときは入江も相当きつかったんだと思います。あの苦しさを乗り越えて晝田さんに勝てたことは大きかった。自信もつきました」
入江は2020年3月、アジア・オセアニア予選で準優勝し、見事オリンピックへの切符を手にするわけだが、新型コロナウイルスの感染拡大により1年間の延期を強いられたのはご存知の通り。この間に伊田会長は日本ボクシング連盟の女子強化委員長に就任し、女子選手の練習環境の整備に力を入れた。これが3つ目の秘密だ。