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野口みずきの日本新が更新されずに16年…“元祖お家芸”日本のマラソンはなぜ表彰台から遠のいたのか? 

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酒井政人

酒井政人Masato Sakai

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posted2021/08/17 11:02

野口みずきの日本新が更新されずに16年…“元祖お家芸”日本のマラソンはなぜ表彰台から遠のいたのか?<Number Web> photograph by JMPA

2004年のアテネ五輪で野口みずき選手が金メダルを獲得して以来、日本勢は表彰台から遠のいている

 日本人トップの記録は2001~2005年は2時間19~21分台だったが、2008~2015年は2時間22~25分台まで低下している。日本のレベルダウンは世界大会の結果にも影響した(Number Web以外でご覧になっている方は記事末尾の「関連記事」から ◆1990年代以降の日本女子マラソン・メダル獲得選手 をご覧ください)。

 現在の日本記録は野口みずきが2005年に樹立した2時間19分12秒。それどころか日本歴代2位は渋井陽子の2時間19分41秒(2004年)、同3位は高橋尚子の2時間19分46秒(2001年)と2000年代前半の記録が歴代トップ3として残っている。

 上記の記録はいずれも、比較的記録が出しやすいとされているベルリンマラソンで出されたもので、当時は男子選手がレース終盤までペースメーカーを務めていた。そのため単純比較はできないが、シューズが進化していることを考えると、寂しい状況といえるだろう。

 なお現役最速タイムを持つのが一山麻緒で2時間20分29秒(日本歴代4位)。世界記録は2019年にブリジット・コスゲイ(ケニア)がマークした2時間14分4秒。世界との差は実に6分以上もある。

 このような状況で、日本は再び世界大会で表彰台に上ることができるのだろうか。

「スピードがダメでも夏なら勝負できる」は幻想

 スピードでは対抗できなくても、夏の世界大会なら勝負できる。過去の栄光がある日本にはそんな考え方があった。しかし、それは幻想だった。なぜなら夏の世界大会もペースメーカーが30kmまでレースを誘導する都市型マラソンと勝負のポイントが同じだったからだ。

 東京五輪のレースを振り返ってみよう。男子はエリウド・キプチョゲが35kmまでの5kmを14分28秒で突っ走ると、40kmまでの5kmも14分56秒で走破。日本人では絶好の気象条件でもできないような終盤のペースアップを106人中30人が途中棄権した過酷なレースで実現した。優勝タイムは2時間8分38秒。後半のハーフは1時間3分23秒で走った計算になる。

 キプチョゲは2003年パリ世界選手権の5000mで金メダルを獲得するなど、2000年代はトラックで活躍したスピードランナーだ。5000mで12分46秒53、10000mでは26分49秒02の自己ベストを持っている。一方、大迫の自己ベストは5000mが13分8秒40(日本記録)で10000mが27分36秒93(日本歴代9位)。スピードでは圧倒的な違いがある。また東京五輪2位のアブディ・ナゲーエ(オランダ)はハーフマラソンで59分55秒、同3位のバシル・アブディ(ベルギー)は5000mで13分4秒91とともに日本記録以上のタイムを持っていた。

【次ページ】 大迫が東京五輪で見せた「日本人選手のお手本」

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