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乙黒拓斗(22)は強者ゆえの「包囲網」にも負けず…“ポーカーフェイス”が雄叫びを上げた日《レスリング金メダル》
text by
布施鋼治Koji Fuse
photograph byJMPA
posted2021/08/08 17:06
レスリング男子フリースタイル65kg級にて金メダルを獲得した乙黒拓斗。
独創的で“本能のまま闘う”レスリング
乙黒のレスリングスタイルはよく“超攻撃型”と形容されるが、それは最近になって完成されたものではない。小学生時代からそうだったという。
では、いかにして乙黒はオリジナルといえる独創的で自由なレスリングを育むことができたのか。65kg級のアシスタントナショナルコーチとして乙黒を指導してきた前田翔吾氏はこう証言する。
「兄(今回74kg級代表として出場した乙黒圭祐)と辿ってきた道はほとんど一緒。ただ、性格の違いもある。周囲が型にはめるというスタイルでなかった可能性が高い」
乙黒のメジャーデビューは、日本の男子レスラーとしては史上最年少(19歳10カ月)で優勝した2018年の世界選手権だった。
「あのときの拓斗は対戦相手に研究もされていない中で本能のまま戦っていた。それがハマっていた」(前田コーチ)
類稀なレスリングセンスを持ち合わせているのに加え、乙黒は人一倍努力するという才能を併せ持っていた。とはいえ、それから順風満帆に東京オリンピックに辿り着いたわけではない。翌19年の世界選手権はマークがきつくなり、5位に終わる。
試合中反則を仕掛けられることで乙黒はカッとなり、そのスキをついてカウンターで技を仕掛けられるという悪循環を繰り返した。「独創的な拓斗のスタイルだけでは研究され、勝てなくなってきた」(同)
乙黒は思い悩んだ。
「自分にとって何が正しいのか」
「自分の良さは何なのか」
「自分のどこが悪いのか」
一時期、乙黒は全てがわからなくなってしまうという状況に陥った。
“乙黒包囲網”を破るためのプラスアルファ
その兆候はこの世界選手権が行なわれた3カ月前の全日本選抜選手権決勝でリオデジャネイロ五輪の銀メダリストである樋口黎に5-15で敗れたときにすでにあったのだろう。頭ひとつ抜けた世界チャンピオンの宿命。国内外で乙黒包囲網は敷かれていた。
もう一度、乙黒の輝きを取り戻させないといけない。チーム乙黒は彼の長所をキープしつつ、プラスアルファをトッピングし始めた。