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萩原智子が振り返る東京五輪…大橋2冠、本多への“絶叫エール”「五輪は速さだけでなく“強さ”が必要です」
text by
田中夕子Yuko Tanaka
photograph byAsami Enomoto/JMPA
posted2021/08/08 11:01
東京五輪に出場した日本競泳陣の集合写真
――海外遠征ができない影響とは?
通常ならば、代表が決まるとヨーロッパを中心に海外のレースを転戦して本番を迎えます。各国トップ選手が集まるので、「こんな選手がいるのか」と動向が見られるだけでなく、当然どのレースも競り合いになります。そのレース展開を経験するのがものすごく大事で、特に瀬戸選手や松元選手のように、国内の試合で周りを引き離すような力を持った選手は“競るレース”での経験が重要なんです。
その経験が十分ではなかったこともあり、(200m自由形の)松元選手は150mを過ぎたところから周りの選手が一気に上げてきた時に相当焦ったはずです。自国開催の緊張、メダル候補とされるプレッシャーもある中、今回は松元選手のように五輪初出場の選手も多かった。海外遠征だけでなく、コロナ禍で日本チームとして、全員で集まる国内合宿の時間が少なかった影響も大きかったと思います。
――その中でも大橋悠依選手が競泳日本女子では史上初となる個人メドレーで2冠(400m、200m)、そして19歳の本多灯選手も200mバタフライで銀メダルを獲得しました。
大橋選手が優勝後の記者会見で「シーズンランキングはオリンピックでは関係ない」と言ったように、オリンピックはその場で強い人が勝つ。速いだけではなく、“強さ”が必要で、それが顕著に出た結果だと思います。午前決勝で苦戦を強いられる選手が多い中でも、大橋選手はきっちりここに合わせてきた。自分の強さをしっかり発揮していました。
――「強さ」とは?
速さはタイム。でも、オリンピックは勝負なので、それに勝たないといけない。勝負強さが必要です。勝負強さって何? と言えば、どれだけ自分のレースプランを完璧に遂行できるか。それまでの記録では1位だったかもしれないけれど、本番の決勝では同じレベルの8人と、よーいドンで泳ぐ。相手がどうであれ、迷いなく最後まで自分のレースプランや持ち味を発揮できる選手が「強い」。さらに言うと、本多選手に関しては決勝で8レーンを泳いだこともプラスだったと思うんです。
――なぜ8レーンがプラスになるのでしょう?
本多選手はオリンピック初出場で、初めての決勝。1レーンや8レーンは不利と言われることもありますが、そこで強豪選手に挟まれることなく、隣から受けるプレッシャーが少ない8レーンで自分のレースに集中できたのは1つの勝因だったのではないかな、と。もともと物怖じしないし、レース後半に強い選手。「緊張した」と言いながらも予選、準決勝も自分らしいレースを淡々とできていました。銅メダルを獲ったイタリアのフェデリコ・ブルディッソはジュニアでも戦ってきた同じ19歳の選手なので、これからはともに(金メダルの)クリシュトフ・ミラク選手(ハンガリー)を追って行くライバルになるでしょうね。
「本多選手を信じていた」
――本多選手のレースでは萩原さんの解説も話題になりました。
全力で解説はできましたが……反省点もあります。130mまでは冷静に「チャド(・レクロー/南アフリカ)選手は後半バテてくるのでチャンスはあります」と言えていたのですが、本多選手の150mのターンがピタッと合って『行ける!』と思ってからは冷静になれず、『きたー! いけー!』と……(笑)。
――あのレース展開は観ている側も熱くなりました。むしろ、視聴者からは「あの解説がよかった」という声も多くあります。
ありがとうございます。そう思って頂けたのであれば嬉しいです。
なぜ、あそこまで熱くなったのか。試合後に自分でも分析したのですが、私は初めから「本多選手はメダルを獲れる」と信じていたんです。周りの方々にも「本多選手、行けるよ」と伝えていました。そこで本多選手が本当に結果を出したということが嬉しくて、興奮してしまったのかな。声のトーンにも気をつけてきたのですが、うるさいと感じる方もいらっしゃったと思います。ただ、どれだけ胸が熱くなっても泣いてはダメだと思っていたので、大橋選手や本多選手が勝った時はほっぺたを叩いたり、太ももをつねって我慢していました(笑)。