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井岡一翔の「薬物疑惑」騒動はなぜ起きたのか? 謝罪したJBCが“すべきではなかった”こととは
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byKYODO
posted2021/07/14 17:02
7月12日の記者会見にて、JBCの永田有平理事長(右)を見つめるWBOスーパーフライ級王者の井岡一翔
JBCの永田理事長は記者会見で、ドーピング検査がずさんだったこと、JBCから警察への情報提供によって井岡の自宅に家宅捜索が入ったこと、JBCからの情報漏洩により週刊誌に事実に反する記事が掲載されてしまったことを謝罪。今後、しっかりしたドーピング検査体制の確立や、情報漏洩などに関し組織のガナバンスを強化することを謝罪文に記したと明かした。
また、JBCは新たに3人の外部弁護士による情報漏洩調査委員会を設置し、委員会は8月末までに情報漏洩に関する調査結果をまとめるとも説明された。永田理事長は浦谷信彰理事とともにコミッショナーあてに進退伺いを出し、委員会の調査結果を受けて開かれる理事会で進退伺いについて協議する。以上が7月12日までの大まかな経緯である。
JBCが井岡を警察に“売った”ことが最悪の結果を招いた
さて、事件は完全に終わったわけではないが、ここで今回の事件の核心がどこにあるのかを考えてみたい。ドーピング検査の不備なのか、週刊誌に情報が流れたことなのか。いずれも大事なところではあるとはいえ、最大のミステイクは「JBCが警察に情報提供したこと」に尽きるのではないだろうか。言葉は悪いが、JBCが井岡を警察に“売った”ことが最悪の結果を招いたのである。
井岡は記者会見の終盤、司会者から「最後に何か言っておきたいことはありますか」と問われて、次のように述べている。
「僕たちに何の連絡もなく、警察にその情報がいって何も知らないまま自宅に警察が来た。(ドーピング検査の)ずさんな管理を今後改善してもらいたいのもそうなんですけど、警察に通報した悪意と言いますか、そういったものが一番心苦しかった。日本ボクシング界のために少しでも盛り上げようと、貢献しようとやってきたことに返ってくることがこういうことだったのかと悲しい気持ちにもなりました。そこからの何カ月間は人生が変わるほど苦しかった。僕だけでなく家族も苦しんだ。今回一つのけじめとして謝罪を受け入れて次に向かってがんばっていきますけど、そういうことを永田理事長をはじめJBCの方に理解していただきたいと思います」
幼い子どものいる自宅マンションに白昼、家宅捜索が入った。10人を超える捜査関係者が突然やってきたのだ。妻はおびえ、あっけにとられる井岡とともに尿を取られた。そのまま井岡は警視庁に連れて行かれ事情聴取を受けた。日本初の4階級制覇を成し遂げた王者が最も傷つき、はらわたが煮えくり返ったのは、本人の言葉からも「JBCが警察に情報提供したこと」がポイントだと伝わってくる。
海外の常識に照らし合わせれば……
では、JBCはどうすれば良かったのだろうか。
海外の常識に照らし合わせれば、禁止薬物が検出された時点で、JBCは井岡にその旨を伝え、反論の機会を与え、B検体を検査するという手順を踏むべきだった。過去に日本で開催された世界タイトルマッチでドーピング違反が出たケースはない。だから「世界王者の井岡 ドーピング違反か?」となればそれなりのニュースにはなるだろう。ただしあくまでスポーツの、ボクシングの世界での出来事である。ドーピング違反は刑法の違反とはまったく違う。こうした手続きを踏んでいれば、井岡はあれほどの“犯罪者扱い”をされることはなかったはずだ。
しかものちに明らかになったように検査自体がその体をなしていなかったのである。禁止薬物が検出されたとなれば、身に覚えのない井岡は強く反論したことだろう。その結果、ドーピング検査のずさんさが明らかになった可能性もある。JBCに「悪意」があったとは思えないが、警察に情報を提供したことにより、B検体を押収されて検査ができなくなってしまったことも大失態だった。JBCはこの時点で大きく道を踏み外してしまったのである。