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「最後のダービー」よりも「馬の将来」を 藤沢師がニューマーケットから日本に持ち込んだ“当たり前のこと”
text by
平松さとしSatoshi Hiramatsu
photograph bySatoshi Hiramatsu
posted2021/06/17 06:00
イギリスでのスピルバーグ。日本一のトレーナー、藤沢和雄師はニューマーケットで馬を学んでいた
ニューマーケットに帰ってきた藤沢調教師は
こうしてニューマーケットに帰ってきた藤沢調教師はスピルバーグをプリンスオブウェールズSに挑ませた。しかし、残念ながら結果は9頭立ての6着。競馬の本場の厚き壁を打ち砕けず、自分を育ててくれたイギリス競馬に恩返しをする事は出来なかった。
「ペースが遅い分、いつもより前の位置での競馬になったけど『最後は馬がチャレンジをしなかった』と騎乗したスミヨンが言っていました。まぁ、イギリスの馬が強いのは分かって来ているわけだし、競馬だから仕方ありません」
当時、藤沢調教師はさばさばとした口調ながらも悔しそうな表情でそう語った。
「最後のダービー」よりも「馬の将来」を
さて、ハッピーエンドとはいえないそんな遠征ではあったが、そんな中、日本のトップトレーナーの矜持を感じさせる出来事もあった。
この遠征で藤沢調教師が現地へ連れて行ったのはスピルバーグだけではなかった。帯同馬としてルルーシュもニューマーケット入り。スピルバーグと一緒に調教されていた。そして、同馬はロイヤルアスコット開催初日のオープニングレースであるクイーンアンS(GI)にエントリーしていた。しかし、レース当日、ルルーシュの姿はアスコット競馬場にはなかった。
「体調が整わなかったので、回避する事にしました」
藤沢調教師は淡々とそう語った。しかし、わざわざイギリスまで連れて行ったのに、あっさりと回避するのは、心情的には容易ではないと思われる。そう問うと、師は再び口を開いた。
「もちろん使えるなら使いたいですよ。でも、こちらのGIは強敵揃いです。完調でも勝ち負けするのは簡単ではないのに、万全といえない状態で臨んでも、馬がかわいそうなだけです」
今年の青葉賞で2着となり、日本ダービーの出走権を取得したキングストンボーイを「勝ち負けに食い込むのは難しい」と言い、ダービーに使わなかったのは記憶に新しい。来年の2月には定年で引退となるにもかかわらず「自分にとって最後のダービー」よりも「馬の将来」を優先させたのだ。そんな日本一の調教師の「馬優先主義」という姿勢は、ニューマーケットでは“当たり前”の事なのかもしれない。藤沢調教師が調教師として過ごせる期間は残すところ8カ月半ほどだが、その動向は最後まで目が離せそうにない。