情熱のセカンドキャリアBACK NUMBER
「不器用なレスラーの典型」元IWGPジュニアヘビー級王者・井上亘が、いま会社員として熱い眼差しを向けるものとは
text by
二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph byYukio Hiraku/AFLO
posted2021/06/06 11:01
2010年、プロレスラーとして活躍していたころの井上亘
転機となったのは2002年に始まった三沢光晴率いるプロレスリング・ノアとのジュニア対抗戦だった。2月17日、ノアの日本武道館大会に獣神サンダー・ライガーと乗り込み、菊池毅、金丸義信組と対戦。まさにマックスなテンションでぶつかっていった。結果的に敗れてしまったものの、一方で爽快感もあった。
試合を終えてライガーと一緒にタクシーに乗り込んだ際、井上はジュニアのカリスマに対して、興奮気味に伝えた。
衝撃を覚えたライガーの言葉とは?
「ブーイングが耳に入ってこないくらい、攻め続けることができました!」
同調してくれるかと思いきや、ライガーの反応は違った。
「ワタル。それはダメだよ。プロレスは周りの音、声をしっかりと聞かないとダメだ」
その言葉には、何か硬いもので殴られたくらいの衝撃を覚えた。
ストレートに戦うだけではダメ。ファンの声を聞き、会場の雰囲気を感じ取らないと、真のプロレスラーとは言えないのだと感じた。以降、彼はこれまで以上に、「聞く」「感じる」を実践するようになる。
「身の丈に合わないようなこと」をやろうとすると、決まって観客席からファンの声が飛んできたという。
「ワタル、それはやめとけ!」
そうだよなと思えた。外からの目はいつも自分に何かを気づかせてくれた。
ベルトを返上してヘビー級転向を宣言した
2007年12月、岩を押し上げた先にIWGPジュニアヘビー級初戴冠が待っていた。翌年6月にはジュニアの祭典「ベスト・オブ・ザ・スーパージュニア」初制覇。ようやく乗ってきたのに彼はベルトを返上してヘビー級転向を宣言する。山頂の余韻に浸ることもせず、厳しいチャレンジを選択して押し上げてきた岩を自ら勢いよく落としたのだ。
「ステップアップしていくなかでIWGPジュニアのベルトを獲れたことはうれしかったし、何より自分をずっと応援してくれていたファンの方が喜んでくれたことがうれしかったです。でもベスト・オブ・ザ・スーパージュニアで優勝できて、ヘビーに挑戦するなら今なのかなという思いがあったんです」
だが、次に押し上げる岩はとてつもなく重かった。