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“4万円”チケットがダフ屋で“60万円”に…戦前の異常人気ボクサー、“拳聖”ピストン堀口とは何者だったのか?
text by
細田昌志Masashi Hosoda
photograph byKYODO
posted2021/04/25 11:00
戦前~戦後の大スター拳闘家・ピストン堀口(堀口恒男)
少年誌にも採り上げられた。読み切り小説にもなった。メンコにもなった。銀座で写真撮影をした際には黒山の人だかりができて交通機関が麻痺した。また、商店街の大売り出しに引っ張り出されもした。大混雑となって警察が出動する騒ぎとなった。これでは商売どころではない。
試合のチケットはプラチナ化した。笹崎との一戦では、6円(現在の価値で約4万円)のリングサイド席をダフ屋が最高値100円の値をつけている。現在の価値に換算して約60万円である。大衆は彼に熱狂した。ブルーカラーだけではない。インテリゲンチャまでが彼を持ち上げた。ピストン堀口は時代の寵児となったのだ。
その異常人気を後押ししたのは、もちろん試合内容に拠るところが大きいが、それだけでもなかった。当時の世相そのものが後押ししたのである。「前進あるのみ」というピストン堀口の戦法は、満州事変以降、戦争の道をひた走っていた軍国日本のアイコンとなっていたのだ。
《堀口のボクシングスタイルはこの国粋主義の風潮とあまりに符合していた。大和魂という空虚な精神主義の中に堀口をおくと、そのノーガードで打ちかかる無謀なボクシングが見事にマッチしていた》(『ピストン堀口の風景』山本茂著/ベースボール・マガジン社)
そしてそれは、見落としがちなことだが、神戸の裏社会の勢力図をも書き換えることになったのである。
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