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東京五輪を逃した34歳の“天才ランナー”佐藤悠基が鈴木健吾の日本記録を「更新可能な記録」と語る理由
text by
酒井政人Masato Sakai
photograph byAFLO
posted2021/04/07 11:03
昨年12月4日の日本選手権10000mで奮闘した佐藤(左)。駒大エースの田澤廉とも競り合った
「トラックのスピードにシフトしてやってみようかな」
年齢を考えると、東京五輪を逃したことはショックなはずだが、佐藤は地元で開催されるビッグイベントにさほど執着していなかったように思う。筆者はこれまで佐藤に数十回の取材を行ってきたが、戦う場所はオリンピックだけではないというのが彼の考え方だからだ。佐藤はどんな大きな舞台よりも、自分がどれだけ“進化”を遂げることができるのかに強い興味を持っている。
「MGC(19年9月)、福岡国際(同年12月)、東京(20年3月)と半年ほどでマラソンに3本出場しましたが、MGC前のトレーニングを含めてアキレス腱の痛みを1年近く我慢しながらやってきました。しばらくはリフレッシュ期間にあてて、2020年はトラックのスピードにシフトしてやってみようかなと思ったんです。トラックだけを考えて練習したときに自分がどこまでできるのか。興味本位な部分もありましたし、自分自身で楽しみにしていましたから」
2020年シーズンはコロナ禍で公式レースが少なく、佐藤も前半戦はほとんど出場していない。そのなかで11月1日にSGホールディングスに移籍した。それは次のステージも考えてのことだったという。
「競技をまだまだやるつもりではいたんですけど、指導者としてのスキルも並行して磨けるような環境を探しているときに、声をかけていただきました。今は選手としてだけでなく、『アドバイザー』としての役割も担っています」
「入賞はしておきたいなという気持ちが」
SGホールディングスの本拠地は滋賀・守山だが、2年前から西葛西を拠点にトレーニングする東京組ができた。佐藤は自分でトレーニングメニューを組みながら、ポイント練習はなるべく東京組の選手たちと行うようにしているという。
「トラックをやるにしても、漠然とやっていたのではやる気が湧きません。12月に延期した日本選手権に照準を定めて取り組みました。夏を過ぎてからアキレス腱の不安もなくなり、そこから一気に調子が上がってきたんです」
12月4日の日本選手権10000mは移籍後初レース。青いユニフォームに身を包んだ佐藤は勢いのある若手選手を相手に互角の走りを見せる。
「トレーニングの段階で27分台では走れる自信はあったんです。勝負という部分でも、入賞はしておきたいなという気持ちがありました。東京五輪の参加標準記録(27分28秒00)を狙うようなレースだったので、5000m13分45秒。1周66秒でどこまで押せるのか。実際のレースもそんな感じで進んだので、予定通りに走れたのかなと思います」