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<オリンピック4位という人生(終)>
リオ五輪 7人制ラグビー桑水流裕策 

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鈴木忠平

鈴木忠平Tadahira Suzuki

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photograph byJMPA

posted2020/08/30 20:00

<オリンピック4位という人生(終)>リオ五輪 7人制ラグビー桑水流裕策<Number Web> photograph by JMPA

南アフリカとの3位決定戦に挑んだ7人制ラグビー主将の桑水流裕策(右)。

あのオールブラックスに勝てるかもしれない。

 2016年8月11日。桑水流とセブンズ日本代表はリオデジャネイロの北西郊外にあるデオドロ・スタジアムのピッチに立っていた。気温18度、湿度73%、煌々とした照明に映える緑芝を爽やかな風がなでる。南アフリカと3位決定戦を戦ったのはそんな申し分のない夜だった。

 7人制ラグビーが五輪正式種目になったのはリオからだが、世界規模の大会で日本がメダルをかけて戦うのは初めてだった。

『これに勝てば、メダルだぞ!』

 キックオフ前の円陣で、主将である桑水流はこう発した。用意していた言葉ではなかったが、思わず口をついた。それはセブンズとともに日の当たらない場所を歩き続けてきた男の思いの丈だった。

 鹿児島工業高でラグビーを始めた桑水流が、最初に7人制の代表に選ばれたのは福岡大学2年生のときだった。「香港セブンズ」という国際大会に出場し、いきなりニュージーランドと当たった日本は何と残り30秒までラグビー王国をリードした。最終的に逆転されて敗れたものの、桑水流の中にはとてつもない希望が残った。

「ラグビーという競技において、日本があのオールブラックスに勝てるかもしれないんだということが衝撃的でした」

 福岡大を出て、地元九州の実業団コカ・コーラレッドスパークスに入ってからも15人制のリーグを戦いながら、セブンズのメンバーであり続けた。2012年、名将エディー・ジョーンズが15人制代表のヘッドコーチに就任すると、メンバーに招集された。ただ走力とパワーと高さを併せ持つ桑水流の特性は7人制のピッチでこそ、より輝きを放った。

“セブンズは遊びなんでしょ?”

 一方でセブンズには常に日陰の悲しさがつきまとった。7人制の代表へ招集されても、15人制である所属チームを優先せざるを得ない選手も数多くいた。だから、いざセブンズの代表として集まってみると、学生ばかりだったということも少なくなかった。

『セブンズは遊びでやってるんでしょ?』

 真顔でそう言われたこともあった。15人制の代表は桜のエンブレムが入った専用バスで移動し、宿泊も高級ホテル、ジャージは使い切れないほど支給される。一方で7人制は6人乗りのバンに巨体をつめこんで移動し、宿泊は企業が使う食事付きの研修施設、ジャージは大会が終わると返却しなければならなかった。

 不満があったわけではない。ただ、その環境を少しでも変えていきたかった。

 今でも忘れられないのは、2014年、アジア大会を制して金メダルを獲得した時のことだ。韓国から帰りの機内、桑水流は空港に着くのが待ち遠しかった。

「少しは自分たちのことを知ってもらえたんじゃないかと、期待していたんです」

 だが、心の準備をして到着ゲートを出ると、そこには誰もいなかった。フラッシュどころか一台のカメラもなかった。協会スタッフだけが迎えてくれた。

「あれはショックでした。一体どうすれば、セブンズが認知されるのか……」

【次ページ】 ブライトンの衝撃、五郎丸のプレー。

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