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「何も変わらなかった…」7人制ラグビーの“象徴”桑水流裕策が流した“南ア戦の涙”と「代表辞退」《連載「オリンピック4位という人生」2016年リオ》
2020年3月24日、桑水流裕策は東京五輪延期が決まったというニュースを自宅のテレビで見た。すでに予想はしていたが、自分の中から何かが抜け落ちていくのを感じたという。
「ゴールが見えなくなったというか。あと4カ月、この苦しさに耐えようと言い聞かせていたところに1年延期ですから……。もう果てしなく感じました」
長らく7人制ラグビー日本代表の魂であった桑水流はリオデジャネイロ五輪の後、代表を退いていた。東京をめざして復帰したのは昨夏のことだ。ピークを越えた自分が代表のためにできることは何かを模索していた矢先、ウィルスがスポーツの祭典を霞の彼方へ追いやってしまった。
「周りの選手は1年後へ切り替えて課題を話し合っていました。その中で私だけが前を向けていなくて……このままだと悪影響を与えてしまうと思ったんです」
代表のメンタルコーチに相談し、自分の気持ちを紙に書き出してみた。そして独り重い決断を下し、ヘッドコーチの岩渕健輔の電話を鳴らした。
『チャンスをいただいておきながら申し訳ないんですが、1年先に気持ちを向けることができませんでした……』
桑水流はその瞬間の自分をこう表現した。
「身体的にはやれたと思います。ただ気持ちがついていかないと体を追い込むこともできない。心が折れた感じでした」
心が折れた。桑水流はそう言った。
これでもかと心肺にムチ打ち、屈強な男たちの群れに血と骨をぶつけていく。そういう競技だ。体が動かなくなったというのならわかる。ただ、'05年から15年間もそんな戦場に立ち続けてきた男の心がなぜ―。
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