野ボール横丁BACK NUMBER
早見和真は今も甲子園の夢を見る。
「たぶん高校野球を恨んでいた」
posted2020/08/14 11:00
text by
中村計Kei Nakamura
photograph by
Sports Graphic Number
そして2020年は、春夏の甲子園中止をきっかけに「甲子園とは何なのか」という問いが再燃した年でもあった。
デビュー作『ひゃくはち』で高校野球の裏表を描ききった早見和真さんと、
松井秀喜の5敬遠や金足農業など多くの高校野球取材を重ねてきた中村計さん。
ともに高校時代に野球部に所属した経験を持つ2人の対話は、スリリングなものだった。
――高校野球の世界を描いた『ひゃくはち』は第1作とは思えないほど完成度が高いですよね。桐蔭学園高校で野球をやっていたくらいですから、高校野球には相当、思い入れが強いと思うのですが、しっかり距離が保たれているし、構成も練られている。
早見「これまで全部で13作、小説を書いているんですけど、唯一、『ひゃくはち』は客観的に書けてないんです。なので、あれだけは今も読み返せません」
――そうでしょうか。ミステリー小説風でもあり、じつにうまいなと思いましたが。
早見「どうして大事なデビュー作の題材に高校野球を選んだかというと、すごく個人的な話なのですが、たぶん高校野球を恨んでいたからです。あれを書かずには先へ進めなかった。高校を卒業してから、高校野球も、プロ野球もずっと観ていなかったんです。野球をやっていた気配も消していたくらいでした」
――恨んでいるというのは?
早見「何も得られなかった、という感覚だったんですかね。結局、野球は自分を幸せにはしてくれなかったと。まぁ、逆恨みではあるんですけど」
――野球選手としては、小さい頃から地域では有名だったんですよね。
早見「嘘か本当かわからないですが、小学校6年のときにプロのスカウトが観に来た、みたいな噂がありました。小学生のときは甲子園にいる自分が想像できたし、自分への期待がいちばん高かった。
付属の桐蔭学園中学には、半推薦のような形で入れてもらいました。当時、桐蔭学園高校は黄金期で、高1に副島孔太さん(元ヤクルト)がいて、高2に高木大成さん(元西武)がいました。もちろん先輩たちの技術は際だっていましたけど、自分も高校生になればあれくらいになれるのだろうと。
でも、中学2年に上がったとき、高校に高橋由伸さん(元巨人)が入学してきたんです。由伸さんのバッティングを見たときはショックでしたね。何年やっても絶対にこんな風にはなれないと一瞬で悟らされましたから。振り返れば僕の野球人生はあそこで完全に終わっていました。野球に関して言えばあとは余生みたいなもので」
――高校入学後、2年春、3年春と、チームは選抜大会に出場していますが、ベンチ入りはできなかったんですよね。
早見「中学に入ったぐらいから自分が伸びていない感じがありましたし、高校に入ってからは完全にチームの賑やかし役でした。バカやって監督の歓心を買うことでしかベンチ入りする道が見出せなくて。
でも、結局は報われませんでしたね。ある時、記者がやってきて、監督に『ムードメーカーは誰ですか?』みたいな質問をしたことがあったんですが、まったく的外れな名前が出てきたんです。ああ、何も見てくれていないんだなと思っちゃって」