野球善哉BACK NUMBER
公立でも複数の投手は育てられる。
甲子園中止が可能にした新采配。
text by
氏原英明Hideaki Ujihara
photograph byHideki Sugiyama
posted2020/08/02 08:00
甲子園優勝を目指す学校でも、普通の公立校でも、投手は複数いた方がいい。ならば何を躊躇することがあるのだろうか。
エースが受験に専念、4人の投手で。
7月28日の奈良大会3回戦、一条vs.奈良北の中継を見ていて、次々に選手交替が行われることに驚かされた。
一条は2回戦の郡山戦に続いて2人の投手を起用し、追いすがる奈良北を振り切って9-4で勝利した。一方の奈良北も、先発投手が初回に5点を失うと早めの継投を行い、計4人の投手を送り込んだ。
もっとも奈良北には投手起用に事情があった。もともとエースだった投手が、このコロナ禍で早期の引退して受験勉強に専念したため、エースピッチャーがいなくなってしまったのだ。そのために複数投手で戦わざるを得なかったのだが、奈良北の選手起用で面白かったのが、1ポイントリリーフで、192センチのサウスポーが出てきたことだった。
坂口昭彦監督はいう。
「あの子は本当にいいボールを持っていたんですけど、なかなか、試合に出ることができなかった。左バッターが出てきたところで出したいと思っていたので、思い切って起用しました」
結果、緊張でしっかり腕が振れず死球を当てて降板してしまうのだが、もし甲子園がかかった大会で同じ采配ができたかと聞くと「難しかったと思います」という答えが帰ってきた。坂口監督は続けて、こう説明してくれた。
「やはり、今大会は3年生をなるべく試合に出してあげようという気持ちは強かったですね。練習試合の2試合目にも出場できなかった選手を6人ベンチに入れていました。全員出場をさせられなかったのは残念ですが、投手を代えることで他のポジションも代える必要があり、たくさんの選手を出すことができました。ワンポイントで投げた投手も結果は出なかったですけど、親御さんも喜んでくれていましたし本人もいい表情をしていたと思います」
「今年は、本当に楽しかったな」
重要なのは、坂口監督は「試合を捨てていたわけではなかった」ことだ。それでもいつもとは「勝敗の重み」が異なる大会の空気感が、3年生中心の起用を59歳の指揮官に選択させたのである。
「1回勝つことができたから言えることかもしれないですけど、今年は、本当に楽しかったなと僕は思いました。こういう戦い方もあるんやなと思いましたし、最後に選手も泣きませんでしたし、みんなが楽しんでくれたのかなと思います」