ボクシングPRESSBACK NUMBER
エリート田中恒成が打ち合いを選択。
木村翔の右フックにぐらつくも──。
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byHiroaki Yamaguchi
posted2020/07/09 11:05
序盤から打ち合いとなった木村(左)と田中の世界戦。試合は判定にもつれ込んだ。
右フックを田中のアゴに叩き込み──。
本当は押し込みたい木村が逆に田中に押し込まれた。たとえわずかではあっても下がらされた状態で出すパンチは、重心が前に乗っているパンチに比べて威力が出ない。
木村はそれなりにパンチを当てていたが、思うようなダメージを田中に与えることはできなかったのだ。
それでもなお、田中に「これでも崩れないのか」と思わせた木村は心身ともにタフだ。
踏みとどまって応戦を続け、反撃の手を決して休めない。あとからスコアを確認すると、3ジャッジのスコアは初回からそろうことが少なく、ポイントは拮抗していた。木村はその手数によって、ポイント上はいつでも逆転できる位置につけていたのである。
そして7回、「練習していた」という左ボディから右フックを田中のアゴに叩き込み、バランスを崩させて“あわや”というチャンスをつくる。
勝負の行方はまだまだ分からなかった。
「弱気になることが一切なかった」
「あのシーン、ピンチだとは思わなかったか?」と田中に問うと、毅然とした声でこう答えた。
「あの試合に関しては、自分がピンチになろうが、相手に粘られようが、弱気になることが一切なかった。それくらい気持ちをつくることができた試合でした」。
田中は意外なことに、それまでの試合では「もうそろそろ倒れてくれ」とか「疲れてきたな」とか、途中でネガティブな感情に襲われることが少なからずあったという。
しかし「気持ちの勝負」と自らに言い聞かせた木村戦では、そうした感情が入り込むすき間をつくらなかったのだ。
7回の一撃で木村はさらにエンジンを吹かして前に出た。しかし一枚上だったのは田中だ。ここでチャンピオンが警戒していたサイドに回る動きでボクシングを組み立て直す。
この動きは7ラウンドまでも使っていないわけではなかったが、8回のそれは見事なシフトチェンジと呼べるものだった。