「田中くんはもう少し距離を取ってくると思った」

　この選択が功を奏した。

　午後4時すぎ、ゴングと同時に木村は当然のごとく前に出た。ところがサイドに回ると思われた田中が正面で木村の攻撃を受け止め、より攻撃的に手を出してきたのだ。

「1ラウンドから打ち合いになりましたよね。田中くんはもう少し距離を取ってくると思ったんですけど。そこは想像とは違っていました」（木村）

　木村の裏をかいた田中は2ラウンド、左フックをカウンターで決めて木村にダメージを与える。

　ここはフィニッシュにいたらなかったが、上々の滑り出しと言えるだろう。田中はその後も木村のガードを割るようにパンチを決め、打ち合いでも先手を取って試合を優勢に進めた。

「2ラウンドにタイミングをつかみかけて、3ラウンドもいい感じで戦えた。ただ3ラウンド以降、試合が進むにつれて『これでも崩れないのか』という思いはありました」（田中）

予想していなかった強さを感じていた。

　木村にしてみれば、田中が初回から前に出てきたのは予想外だったとはいえ、それは自らの土俵に相手が入ってきてくれる歓迎すべき事態でもあったはずだ。

　好戦的に出てくる田中に対し、木村もよく手を出して激しく対抗。序盤からの激しいつばぜり合いに、集まったファンの目はリングにくぎ付けとなった。

　しかし、戦いながら木村は予想していなかった田中の強さを感じていた。

「テクニックとスピードがあるのは分かっていました。でも、田中くんは予想以上に体が強かった。それが誤算といえば誤算ですね。

　僕だってフライ級じゃフィジカルは弱い方じゃない。前に出てバンバンつぶしていくタイプですから。それなのに体の強さで負けてしまった。僕の方が押し込まれてましたから」

【次ページ】　右フックを田中のアゴに叩き込み──。