マスクの窓から野球を見ればBACK NUMBER
プロ野球と観客についての思い出話。
後楽園球場がガラガラだった頃。
text by
安倍昌彦Masahiko Abe
photograph byKyodo News
posted2020/06/25 07:00
満員、ガラガラ、無観客。それぞれのプロ野球はどれほど違うのか、そしてどれほど同じなのだろうか。
短時間高収入に観戦つき。
ナイターなら、あの頃は試合開始が確か7時。その1時間ぐらい前から売り始めて、試合が7回に入ったら「上がり」。
サクサクッと売り上げの精算をしたら、そのあとはスタンドの端っこで残りの試合を観戦できて、実働3時間ぐらいで、巨人戦なら1本250円のビールが飛ぶように売れて、たいていは350本から400本。“もらい”は歩合で5%だったから1日5000円を超える日もあって、今の金額に換算すると10000円以上。
「短時間高収入」にちょびっと観戦のおまけまで付いて、なんともありがたいバイトではあった。
空いた観客席に教えてもらったこと。
超満員が当たり前の巨人戦はいいことずくめなのだが、日本ハム戦のパ・リーグの試合となると、そうはいかない。
2階席のジャンボスタンドだけ眺めていると、今日は「無観客」か?と思うほど誰もおらず、一塁側の日本ハム側のスタンドにも、まばらな観客しかいない試合が、ぜんぜん珍しくなかった。
ありがたいことに、今はパ・リーグの試合でも2万、3万の観客がスタンドを埋めてくれるが、’70年代のあの頃は、パ・リーグなら5000、6000……。1万入れば「今日は多いね!」と我々売り子のテンションもぐんと上がったものだった。
観客が少ない時は、ただ声を張り上げても、ビールは売れない。スタンドには、あっちに1人、こっちに2人だから、「対面商売」の精神でいく。
前を通り過ぎながら、座っているお客さんと目を合わせにいく。
1人でポツンと見に来ているようなサラリーマン風のおじさんなどは、売り子が通ると、たいていこちらをジッと見ている。
目を合わせたまま、「行っちゃいますよ~いいんですか~」と心で念じていると、たいていは向こうが「まいった……」という感じで「ビール!」。
ビール1本売るのも“技術”である。
もっとも、そう言わせておいて、向こうがズボンのポケットから使い古しの小銭入れなどほじくり出して、背中丸めて250円を一生懸命探している姿などを見下ろしていると、なんか悪いことしちゃったかなぁと、そんなしんみりした気分にさせてくれたのも、後楽園球場の「無人」のような観客席だった。