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野球を世界で喩え、世界を野球で。
伊藤亜紗が考える「スポーツ翻訳」。
posted2020/05/18 07:05
text by
宮田文久Fumihisa Miyata
photograph by
Toshiya Kondo
私たちスポーツ・ファンはこれまで、現場で、あるいはテレビやラジオ、配信などの(多くは実況や解説を含む)中継を通じて、各競技を「観戦」してきた。さらには文字や写真を通じて、その体験を反復し、解釈し、味わってきた。
その歴史の中で積み重ねられたものの豊かさを、私たちは身をもって知っている。一方で、慣れてしまっているからこそ、別ベクトルの豊かさがスポーツにはまだ秘められている、ということには気づきにくいかもしれない。
東京工業大学とNTTによる共同研究プロジェクト「見えないスポーツ図鑑」は、スポーツの面白さを改めて考えさせてくれる。オリンピアンも含めた元アスリート、日本のナショナルチームに携わる第一線の研究者たちを招いて、各競技の新たな「翻訳」を考えたこのプロジェクトで使われたのは、野球だったらストッキング、ラグビーだったらキッチンペーパーと紐……と意外なものばかりだ。
渡邊淳司、林阿希子らが所属するプロジェクトの中心メンバーである美学者・伊藤亜紗(東京工業大学 科学技術創成研究院 未来の人類研究センター長・同大学リベラルアーツ研究教育院准教授)へのインタビュー後編。普段見えていると思っているものの見えてなさ、目の見えない人との間でも伝わるスポーツの魅力をめぐって、さらなる深みへと潜ってみよう。
まるで、喋れないのにフランス語を翻訳するように。
――各競技のプロフェッショナルの方々が、この研究をとても楽しんでいたのが印象的です。たとえば横浜DeNAベイスターズで投手だった元プロ野球選手、現NTTコミュニケーション科学基礎研究所 Sports Brain Science Project(スポーツ脳科学プロジェクト)リサーチスペシャリストの福田岳洋さんは、転げまわるほどに楽しんでいました(笑)。
「とても嬉しい瞬間でした。スポーツの専門家ではない私たち研究メンバーとしては、日本語しか喋れないのにフランス語を翻訳しようとしているような状態です(笑)。基本的には無茶をしているわけですが、それでも翻訳されたものに『これはいい!』『競技の本質が伝わる』と楽しんでくださったときは、本当に嬉しいです。
前編でお話ししたように、研究の観点としては、『そのスポーツの通常の条件とは、異なる場所に本質を見出だし、翻訳する』ということをやっています。野球でしたら、バッターから離れているピッチャーの肩に、実際に接触することで球を読む、ということですね。ピッチャーが引っ張るストッキングが、球の代わりになりました」