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将来は名門新聞社社長も兼務する!?
囲碁トッププロ・一力遼八段は何者? 

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内藤由起子

内藤由起子Yukiko Naito

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photograph byKYODO

posted2020/05/05 08:30

将来は名門新聞社社長も兼務する!?囲碁トッププロ・一力遼八段は何者?<Number Web> photograph by KYODO

早碁の世界一を争う第1回日中韓竜星戦に日本代表で出場した一力八段。決勝で中国の柯潔九段(右)に敗れ、準優勝となったものの力を見せた。

「先生、日本はどうすればいいのですか」

 井山棋聖に勝てない。めったに弱音を吐かない一力八段から「つらい」と洪四段にメールがあった。「真面目で囲碁のことばかり考えるのでしょうから、リフレッシュするのがいいと思い、遼が神戸にいたので、『美味しい神戸牛でも食べて』と返信しました」

 一力八段の涙といえば、洪四段が忘れられないことがあるという。

 何人かの道場生を連れて韓国へ行き、交流戦を行った。一力少年が小学5年生のときだ。対抗戦で日本チームが負けたあと、親睦でサッカーをやったが負けてしまう。そのあとのリレー競争も負け。

 一力少年は急に泣き出し、「先生、日本はどうすればいいのですか」と言ったという。何にでも一生懸命で、負けず嫌いな性格が、涙に表れた。

近年、日本は中国、韓国に後塵を拝している。

 日本の囲碁界は、20世紀まで世界ナンバーワンだったが、近年は中国、韓国に後塵を拝している。日本を背負っていく気持も、この頃から一力八段の心の中で育っていたのだろう。

「遼は子どものころ泣き虫でした。碁を打っていて形勢が悪くなると顔が赤くなって泣いていました。しばらくすると、弱みを見せるのは良くないと本人が気づいたみたいで、だんだん泣かなくなりました」と洪四段は振り返った。

 13歳でプロ入りしてからも、若手棋戦で優勝するなど順調に実績を積んできた。他の棋士と違うのは、高校に行き、大学にも行ったことだ。

 棋士の多くは義務教育までしか学校には行かない。トップ棋士はとくにその傾向が強い。

 井山裕太棋聖は小学6年生でプロ入りを決め、中学1年でプロデビューしている。そのときから進学はしないと決めていたという。

【次ページ】 中学卒がふつう、という世界で早大に進学。

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